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異世界の仕様書を拾った元廃ゲーマー、世界のバグを攻略する  作者: Naoya


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17/21

第17話 世界は人間だけのものじゃない

 翌朝。


 俺たちはラティスを出発した。


 今回の遺跡調査に向かうのは三人。


 俺。


 エリス。


 そして依頼人のエルヴィン。


 腰には昨日買った片手剣。


 左腕には小型の盾。


 まだ身体に馴染んでいるとは到底言えない。


「なんか急に冒険者っぽくなったな」


 歩きながら言うと、エリスが横目で俺を見る。


「見た目だけはね」


「酷くない?」


「剣を持ったの昨日からでしょう」


 前を歩いていたエルヴィンまで、穏やかな顔でこちらを振り返った。


「まずは使わずに済むことを祈りましょう」


「エルヴィンさんまで……」


 事実だから反論できない。


 昨日、基本的な構えと盾の使い方を教わった程度だ。


 装備を持ったからといって、急に戦えるようになるわけじゃない。


 ゲームならチュートリアルを終えれば、最低限の操作は身につく。


 でも現実は違う。


 剣は重い。


 盾も重い。


 腰に吊って歩いているだけでも、普段使わないところが少しずつ疲れてくる。


「これ、数日ずっと持って歩くの?」


「そうですよ」


 エルヴィンは当然のように答えた。


「遺跡まで?」


「はい」


「馬車とか」


「途中までは利用できますが、今回の遺跡は街道から外れていますから」


「……結局歩くのか」


 エリスが笑う。


「昨日、大陸全部見てみたいとか言ってなかった?」


「歩かずに見たい」


「贅沢!」


「効率化って言ってくれ」


「言わない」


 ラティスを出てしばらくは整備された街道が続いていた。


 道幅も広い。


 荷馬車同士がすれ違える程度には整えられている。


 それでも――ひたすら歩く。


 昨日地図を見て知った。


 隣国までは数日。


 遠い都市なら何週間。


 この世界では、それが普通だ。


 ゲームなら街から街へ移動する時間なんて数分だった。


 広い世界でも、移動そのものが苦痛にならないよう何かしら工夫されている。


 でもここは現実だ。


 ロード画面もない。


 ファストトラベルもない。


 歩けば、その分だけ時間がかかる。


「そのうち、もっと速く移動する方法ないかな……」


「馬?」


「もっとこう……楽なやつ」


「やっぱり怠けたいだけじゃない」


「だから効率化だって」


 そんな話をしながら進んでいると、前方から大きな商隊がやって来た。


 荷馬車が三台。


 その周囲を護衛らしい冒険者たちが歩いている。


 俺は思わず目を向けた。


「……やっぱ普通にいるんだな」


「何がです?」


 エルヴィンが聞く。


「あの人たち」


 商隊の中には、人間だけでなく様々な種族がいた。


 長い耳のエルフ。


 背は低いが、横幅のあるがっしりした体格のドワーフ。


 そして、狼のような耳と尻尾を持った獣人。


「ラティスは交易都市ですからね」


 エルヴィンが答える。


「様々な地域から商人が集まります」


「一緒に商売するのも普通?」


「珍しくありませんよ」


「種族ごとに完全に分かれて暮らしてるとかじゃないんだな」


 俺が商隊を目で追っていると。


 狼の獣人と目が合った。


「……何だ?」


 低い声。


「あ」


 まずい。


 完全に見すぎた。


「いや、その……」


 視線が耳へ行く。


 ぴくり、と動いた。


「……耳、本当に動くんだなと思って」


「リク!」


 エリスが俺の腕を引っ張った。


「すみません!」


 獣人の男はしばらく俺を見ていたが、呆れたように鼻を鳴らし、そのまま通り過ぎていった。


「じろじろ見ない!」


「悪かったって」


「昨日も言ったでしょう!」


「いや、近くで見るの初めてだったから」


「だからって本人の前で耳が動くとか言わないの!」


 エルヴィンが小さく笑う。


「悪意がないのは分かりますが、少し気をつけた方がいいですね」


「反省します」


 考えてみれば当然だった。


 俺にとって珍しくても、本人たちにとっては普通の身体だ。


 異世界だからといって、何でも珍しいものを見る感覚で眺めていいわけじゃない。


「そういえば」


 商隊が遠ざかってから、俺は聞いた。


「この国って、他にどんな種族がいるの?」


「人間、エルフ、獣人、ドワーフ。その辺りは珍しくないわね」


 エリスが指を折る。


「他にもいるけど、地域によってはあまり見ないかな」


「魔族とかも?」


「いるわよ」


「普通に?」


「普通にって何よ」


「いや、魔族って聞くと敵側みたいなイメージが」


 エリスの表情が少し変わる。


「魔族と魔物は別よ」


「やっぱり?」


「魔族だから敵ってわけじゃない。人間だって悪人はいるでしょう?」


「それもそうか」


 危ないところだった。


 ゲームや物語の感覚をそのまま持ち込めば、この世界では通じないこともある。


「エルフとかドワーフが多い国もある?」


 今度はエルヴィンが答えた。


「ありますよ。エルフが人口の多くを占める国もありますし、ドワーフが築いた山岳都市国家もあります」


「獣人は?」


「獣人系の民族が多い地域もあります」


「行ってみたいな」


 エリスがすぐ反応する。


「観光旅行じゃないからね」


「今すぐ行くとは言ってないだろ」


「そのうち行く気でしょう」


「行けるなら」


「ほら」


 エルヴィンが笑った。


「旅を続けていれば、機会はあるかもしれませんよ」


「本当ですか?」


「エルヴィンさん、焚きつけないでください!」


 でも、やっぱり興味はある。


 昨日見た地図の向こう。


 知らない国。


 知らない種族。


 知らない文化。


 全部、この世界には実際に存在している。


 そう考えるだけで、少しわくわくする。


 昼過ぎ。


 休憩のため街道脇に腰を下ろすと、エルヴィンが地図を広げた。


「今日はここまで進みました」


「まだこれだけ?」


 思わず言う。


「順調ですよ」


「地図で見ると近いのに」


「地図というのはそういうものです」


 納得いかない。


 俺は地図を覗き込んだ。


 街道はこの先で二つに分かれている。


「こっちに行くと?」


「北側の山岳地帯です。ドワーフの集落が多い地域ですね」


「じゃあ、こっちは?」


「東へ進めばヴァレスト帝国方面です。ただ、今回の目的地はその途中で街道を外れます」


「なるほど……」


 昨日はただ国境の線として見ていた地図。


 でも実際に歩いてみると、少し見え方が変わる。


 道があれば人が行き来する。


 人が行き来すれば街ができる。


 そこを商人や冒険者が通り、違う種族も集まる。


「さっきの商隊も、この道をずっと進むのかな」


「おそらくは」


 エルヴィンが街道を指でなぞる。


「ラティスは複数の交易路が交わる都市です。だから他の都市より、種族の違う人々を目にする機会も多いんですよ」


「じゃあ、場所によっては人間ばっかりの街もある?」


「あります」


「逆にエルフばっかりとか?」


「ありますね。ただ、“一つの種族しかいない”場所はそれほど多くありません」


「へえ……」


 昨日地図を見た時は、国の名前ばかり気にしていた。


 でも本当は、その線の中にいろんな街があって、人が暮らしている。


 同じ国でも、場所によって全然違うのかもしれない。


「地図だけじゃ分からないこと多いな」


「だから旅をするんですよ」


 エルヴィンがさらりと言った。


 俺は少しだけ黙る。


「……それ、いいですね」


「でしょう?」


「二人とも目的違うからね」


 エリスが呆れたように言う。


「エルヴィンさんは研究。リクは面白そうだから行きたいだけ」


「それも立派な理由だろ」


「どうかしら」


 でも。


 地図の上でしか知らなかった場所を、実際に歩いて知っていく。


 それは思っていた以上に面白かった。


 休憩を終え、さらに街道を進む。


 午後になって道幅が少し狭くなった頃、エルヴィンが突然片手を上げた。


「止まってください」


 声の調子が変わった。


 エリスもすぐに杖へ手をかける。


「何かいる?」


「右です」


 茂み。


 ガサッ。


 次の瞬間、小型の魔物が飛び出してきた。


 狼に似ている。


 ただし森で追われたやつよりは一回り小さい。


「リク、下がって!」


 エリスの声。


 同時にエルヴィンが弓を構えた。


 速い。


 迷いがない。


 弦が鳴る。


 一本目。


 魔物の肩へ命中。


 体勢を崩したところへ二本目。


 喉元。


 魔物が地面へ倒れる。


「……速っ」


 思わず声が漏れた。


 しかし、一体ではなかった。


 別の茂みからもう一匹が飛び出してくる。


 今度は俺に近い。


「うわっ!」


 反射的に盾を構える。


 昨日教わった。


 腕だけで受けるな。


 足を使え。


 魔物が飛びかかってくる。


 盾へ衝撃。


「ぐっ!」


 一歩。


 二歩。


 思った以上に重い。


 身体ごと後ろへ持っていかれる。


「腕だけで止めない!」


「分かってる!」


 分かっている。


 でも実戦でやると全然違う。


 恐怖もある。


 相手は練習用の木剣じゃない。


 牙がある。


 爪もある。


 受け損ねれば普通に怪我をする。


 それでも盾を離さず、足を踏ん張る。


 次の瞬間。


 俺の横を矢が抜けた。


 魔物へ命中。


 そのまま倒れる。


「……助かった」


 盾を下ろす。


 左腕がじんじんする。


「大丈夫ですか?」


 エルヴィンが近づいてくる。


「一応」


「初めてなら十分ですよ」


「本当ですか?」


「怖くても盾を捨てませんでしたから」


 エリスが俺の腕を見る。


「怪我は?」


「ないと思う」


「ならいいけど」


 俺は倒れた魔物を見る。


 そして盾。


 昨日店で買った、ごく普通の小型盾。


 攻撃を一回受けただけで、腕がこんなに痺れる。


 戦うって大変だ。


「エルヴィンさん、本当に研究者なんですよね?」


「そうですが」


「矢、めちゃくちゃ上手くないですか?」


「遺跡へ行く途中は、資料より魔物の方が多いですから」


「それでB級まで行く?」


 エリスが横から言った。


「だから言ったでしょう。あの人の“それなり”は信用しない方がいいって」


「聞こえていますよ」


 エルヴィンは笑っていた。


 やっぱりこの人、思っていた以上に強い。


 日が傾き始める頃。


 俺たちは街道から少し離れた場所に野営できそうな場所を見つけた。


 火を起こし、簡単な食事を済ませる。


 エリスは荷物と道具を確認。


 エルヴィンは明日の経路を地図で調べている。


 俺は少し離れた場所で《世界仕様書》を開いた。


 VERSION 1.0.28。


 変わらない。


「……何直したんだよ」


 小声で呟く。


「何か気になることでも?」


 顔を上げると、エルヴィンがこちらを見ていた。


「ちょっとだけ」


 今はそれ以上言わない。


 エルヴィンも無理に聞いてこなかった。


「そうですか」


 それだけ言って、また地図へ視線を戻す。


 ありがたい。


 知られたくないことを無理に聞かない人は信用できる。


 俺は本を閉じた。


 空を見る。


 知らない星。


 知らない星座。


 今日だけでも、知らない種族を間近で見た。


 知らない土地の話を聞いた。


 地図の向こうには、まだ見たことのない国がある。


「……ほんとに別世界なんだな」


「何?」


 エリスがこちらを見る。


「何でもない」


「なら早く寝なさい。明日も歩くんだから」


「まだ歩くのか……」


「数日って最初から言われてたでしょう!」


 横でエルヴィンが笑う。


「明日は街道を外れます。今日より少し大変ですよ」


「マジですか」


 俺は地面に寝転がった。


 旅は面白い。


 知らないものを見るのも楽しい。


 ただ一つ。


 やっぱり。


「……移動、もうちょっと楽にならないかな」


 この時はまだ、ただの愚痴だった。

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