第15話 遺跡調査依頼
冒険者ギルドの掲示板。
俺は、その一枚の依頼書から目を離せずにいた。
**《古代遺跡調査補助》**
依頼内容は、古代遺跡の調査に同行し、周辺警戒や発掘物の運搬を補助すること。
依頼人――エルヴィン・アルセリア。
B級冒険者にして考古学者。
「……絶対行きたい顔してる」
隣からエリスの声。
「顔だけで決めつけるなよ」
「じゃあ行きたくないの?」
「行きたい」
「ほら!」
エリスが額を押さえた。
でも、今回は単なる好奇心だけじゃない。
「この前の遺跡でさ」
俺は声を落とした。
「あの遺跡だけ、《ログ》で妙な表示が出てたんだ」
エリスの表情が少し変わる。
「妙な表示?」
「《未登録》とか《定義情報なし》とか」
普通の石や木。
魔物。
水。
この世界に存在するものへ意識を向ければ、《ログ》は少なくとも何らかの情報を返す。
詳細を読めないことはある。
ACCESS DENIEDになることもある。
でも、あの遺跡だけは違った。
まるで――この世界の通常の分類から外れているような反応をした。
「別の古代遺跡でも同じことが起きるのか確かめたい」
「それを確かめてどうするの?」
「分からない」
「分からないの?」
「だから確かめるんだよ」
エリスが呆れた顔をする。
俺は依頼書へ視線を戻した。
「あの遺跡だけがおかしいのか。それとも、古代遺跡そのものに何かあるのか」
《世界仕様書》。
古代遺跡で拾った、俺にしか読めない本。
あれがそこにあったことも含めて、偶然だとは思えない。
もし別の遺跡でも同じ異常が出るなら。
そこには、何か共通する仕組みがある。
「それが分かれば、あの本のことも少しは分かるかもしれない」
エリスはしばらく黙っていた。
俺がまた危ない場所へ突っ込もうとしていると思っているのだろう。
それは否定できない。
ただ。
「勝手には行かない」
「……本当?」
「依頼として行く。調査する人もいる。エリスも一緒」
「私が行く前提なのね」
「一人で行ったら怒るだろ?」
「当たり前でしょ」
少し間。
やがて、エリスがため息を吐いた。
「……内容を確認してからね」
「よし」
「まだ行くって決めてない!」
受付で依頼書を見せると、担当の女性はすぐに内容を確認してくれた。
「こちらの依頼ですね。《古代遺跡調査補助》」
「俺でも受けられますか?」
言った瞬間。
受付嬢が俺のギルドカードを見る。
F級。
昨日登録。
武器経験ほぼなし。
「リク様お一人では難しいですね」
「ですよね」
予想通りだ。
「依頼の推奨等級はC級以上となっています。遺跡周辺には魔物が出現する可能性がありますので」
俺はエリスを見る。
エリスがカードを出した。
「私はC級」
「エリス様が同行されるのでしたら、依頼人の承認次第で補助要員として参加は可能です」
「依頼人の承認?」
「はい。今回は護衛任務だけではなく、調査補助も含まれますので」
受付嬢が依頼書の下部を指さす。
そこには細かな条件が書かれていた。
発掘物を勝手に持ち出さない。
調査隊から単独で離れない。
未知の装置へ無断で触れない。
遺跡内部では依頼人の指示に従う。
俺は読みながら少し黙る。
「……なんでこっち見るの?」
エリスが俺を見ていた。
「別に」
「“未知の装置へ無断で触れない”」
「読めてる」
「守れる?」
「守るって」
「間があった」
「ちゃんと守る!」
受付嬢が微笑んでいる。
完全に問題児扱いされている気がする。
「それと、依頼人のエルヴィン様ご本人もB級冒険者です」
「依頼人も戦えるんですか?」
「はい。古代遺跡の調査を専門にされていますので、ご自身で護衛も兼ねられます」
考古学者がB級。
少し想像していた人物像と違う。
眼鏡をかけて机の上で古文書を読んでいるような人を勝手に想像していた。
「今回の調査対象は?」
「ラティスから北東へ数日ほど進んだ場所です」
「数日……」
またか。
地図を見て実感したばかりなのに、改めて聞くと遠い。
受付嬢は気にせず説明を続ける。
「数週間前、付近を通った商人から報告がありました。地滑りで地面の一部が崩れ、人工物らしき構造が露出したそうです」
「新しく見つかった遺跡?」
「その可能性が高いですね」
俺の興味が一段上がる。
「他には?」
「周辺の魔物が、その場所へ近づこうとしないという報告があります」
「……え?」
思わず声が出た。
エリスもこちらを見る。
森。
追ってきた狼型の魔物。
遺跡の境界。
あいつらは、あの場所へ入ろうとしなかった。
「さらに、夜になると地面の下から淡い光が見えることがある、と」
「動いてる可能性がある?」
「そこまでは分かりません」
でも。
条件が似すぎている。
未知の遺跡。
魔物が近づかない。
内部機構がまだ生きている可能性。
俺はエリスを見る。
「……どう思う?」
「気になるのは分かる」
「だろ?」
「でも、勝手なことしないなら」
「しない」
「本当に?」
「たぶん」
「リク」
「します。約束します」
危なかった。
「実はですね」
受付嬢が少し声を落とした。
「お二人が昨日提出された遺跡の報告書ですが」
「俺たちの?」
「はい」
エリスが報告した、森の遺跡。
未登録。
古代の守護者。
境界。
まだ動いていた内部機構。
「エルヴィン様が閲覧されています」
「もう?」
「古代遺跡に関する報告は、専門の冒険者や研究者にも共有されますので」
受付嬢は続けた。
「そして、ちょうど今回の調査依頼を準備されていたエルヴィン様が、その報告に強い関心を持たれたようです」
俺は依頼書を見る。
「じゃあ……」
「今回の依頼内容にも、お二人の報告が影響しているかもしれません」
偶然、掲示板で見つけた依頼。
そう思っていた。
でも実際は。
俺たちが遺跡を見つける。
ギルドへ報告する。
その報告を考古学者が読む。
そして、別の遺跡を調べるための依頼が出される。
ちゃんと繋がっている。
「面白くなってきた」
「その台詞、嫌な予感しかしない」
エリスがすぐ反応した。
「いや、今回は普通にだよ」
「あなたの“普通”が信用できないの」
ただし、依頼書を取れば即出発というわけではなかった。
「正式な受注前に、依頼人との面談があります」
「面談?」
「調査方針や役割を確認し、エルヴィン様が同行を承認した場合に正式受注となります」
「どこで?」
「本日午後、ギルド二階の資料室を予定されています」
エリスが少し驚く。
「今日?」
「ちょうどこちらへ来られる予定でしたので」
タイミングがいい。
俺たちは依頼を仮押さえし、一度昼食を取ってからギルドへ戻ることになった。
午後。
ギルド二階。
普段の喧騒が嘘のように静かだった。
廊下の両側には資料室。
古い書物。
地図。
依頼報告書。
その一番奥の部屋。
「ここね」
エリスが扉の前で止まる。
「エルヴィン・アルセリア……だっけ」
「そう」
「有名なんだよな?」
「古代遺跡を中心に活動してるB級冒険者。研究者としても名前は聞くわ」
「どんな人?」
「知らない」
「知ってるって言ったじゃん」
「名前を知ってるだけ」
エリスが扉を叩く。
「どうぞ」
中から、落ち着いた男の声。
扉を開く。
机。
積まれた資料。
広げられた地図。
そして、その中央。
一人の男が立っていた。
長い緑色の髪。
細身の身体。
背には弓。
そして、何より目を引く――尖った耳。
「……エルフ」
思わず口から出た。
隣から肘が飛んできた。
「第一声それ!?」
「だって!」
男は一瞬きょとんとしたあと、小さく笑った。
「ええ。エルフですよ」
「すみません!」
「構いません。見慣れていない方もいますから」
柔らかい口調。
見た目は人間なら二十代後半くらいだろうか。
落ち着いた雰囲気で、こちらを観察するような視線をしている。
男は机の上に置いていた書類を閉じた。
「初めまして」
こちらへ向き直る。
「エルヴィン・アルセリアです」
そして俺とエリスを交互に見た。
「あなた方が、例の遺跡を発見したお二人ですね」
エリスが頷く。
「はい」
「やはり」
エルヴィンは机の上の一枚の報告書へ手を置く。
見覚えのある内容だった。
俺たちが提出した遺跡の報告。
「実を言いますと」
エルヴィンが穏やかに微笑む。
「今回の依頼は、あなた方の報告を読んだことが大きなきっかけなんです」
俺は思わず身を乗り出した。
「やっぱり?」
その瞬間。
エリスの手が俺の肩を掴んだ。
「座って」
「はい」
どうやら。
今回の遺跡調査。
思っていた以上に、前の遺跡と深く繋がっているらしい。




