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異世界の仕様書を拾った元廃ゲーマー、世界のバグを攻略する  作者: Naoya


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13/21

第13話 異世界の地図

 遺跡を出てからも、俺の頭の中にはずっと同じ数字が残っていた。


 VERSION 1.0.28。


 森を抜け、エリスに連れられて街へ向かっている間も、何度《世界仕様書》を開いたか分からない。


 昨日までは1.0.27だった。


 それが、ガルディオンを崖から落とした直後に更新された。


 つまり、何かが変わった。


 問題は――。


「何が変わったんだよ……」


「さっきから何回それ言ってるの?」


 前を歩いていたエリスが振り返った。


「七回くらい?」


「数えてないけど、それくらい」


 俺は歩きながらページをめくる。


 《移動》。


 《落下》。


 《領域》。


 読める項目を片っ端から見直したが、変更箇所らしいものは見つからない。


「更新したなら差分くらい表示してくれよ……」


「何の話?」


「いや、こっちの話」


 普通、システムを更新したなら変更履歴くらい残すものじゃないのか。


 不具合を直しました。


 処理を変更しました。


 仕様を調整しました。


 それだけでもいい。


 なのに、この本には何もない。


 ただ数字だけが変わっている。


「気になる……」


「その本、閉じた方がいいわよ」


「なんで?」


「前見て歩きなさい」


「うわっ」


 危うく木の根につまずきかけた。


 エリスが呆れた顔でため息を吐く。


「遺跡で死にかけた人とは思えないわね」


「それとこれは別だろ」


「別じゃない」


 そんなやり取りを続けながら森を抜ける。


 そして――俺は足を止めた。


「……おお」


 その先に、街があった。


 石造りの外壁。


 大きな門。


 遠くに見えるいくつもの尖塔。


 行き交う馬車。


 荷物を抱えた商人。


 鎧を着た冒険者。


 ここまでなら、俺が想像していた「異世界の街」そのものだった。


 問題は、その中を歩いている人たちだ。


「耳……」


 長い。


「尻尾……」


 生えてる。


「ちっさ……いや、でかい?」


「何をぶつぶつ言ってるの?」


 エリスの横を、俺より頭一つ以上大きな獣耳の男が通り過ぎていく。


 その向こうには、小柄だが横幅のある髭面の男。


 さらに少し離れた場所には、尖った耳を持つ細身の女性が店先で果物を選んでいた。


「エルフ?」


「いるけど」


「獣人?」


「いるわね」


「あれドワーフ?」


「たぶん」


「うおお……」


「ちょっと!」


 気づけば俺は通り過ぎたエルフの女性を目で追っていた。


 エリスに腕を引っ張られる。


「じろじろ見るんじゃないの!」


「いや、だって本物だぞ?」


「本物って何よ」


「本物は本物だろ」


「意味分かんないわよ!」


 頭では分かっていた。


 魔法がある。


 魔物がいる。


 古代遺跡まである。


 今さらエルフや獣人くらいで驚くことではないのかもしれない。


 それでも。


 ファイアボールを初めて見た時と同じだ。


 知識として「あり得る」のと、目の前に「いる」のとでは全然違う。


「すげえな……」


 知らない文字。


 知らない匂い。


 知らない種族。


 知らない街。


 改めて実感する。


 俺、本当に異世界に来たんだな。


 まず向かったのは冒険者ギルドだった。


 広い石造りの建物に入り、エリスが受付へ向かう。


「遺跡について報告したいんだけど」


「遺跡、ですか?」


「未登録だと思う。森の中で見つけたの」


 そこからはエリスが中心になって説明した。


 場所。


 遺跡の規模。


 内部構造。


 守護者。


 そしてガルディオンについて。


「守護者を討伐したのですか?」


 受付嬢が驚いた顔をする。


「まあ……一応」


 エリスの視線が俺へ向いた。


 嫌な予感がする。


「崖から落として」


「ちょっと」


「事実でしょ?」


「そうだけど言い方!」


 受付嬢が俺を見る。


 なんとも言えない表情だった。


 やめてくれ。


 俺だって好きで巨大ゴーレムを崖から落としたわけじゃない。


 いや、途中から結構ノリノリだった気もするけど。


 報告には時間がかかった。


 その間、俺はギルド内を見回す。


 壁に貼られた依頼。


 武器を持った冒険者。


 受付。


 酒場らしき一角。


 そして――。


「……地図?」


 壁の一面に、巨大な地図が掛けられていた。


 俺は吸い寄せられるように近づく。


 海。


 山脈。


 川。


 国境らしき線。


 大小いくつもの都市。


 当然、文字は読めない。


 それでも分かる。


 これは一つの国だけの地図じゃない。


「でか……」


「何が?」


 いつの間にか報告を終えたエリスが横にいた。


「これ、どこまで載ってる?」


「ラグナ大陸の西側が中心ね」


「ラグナ大陸」


 初めて聞く名前だった。


「……待って」


「何?」


「俺、そういえば」


 地図を見る。


 次にエリスを見る。


「この世界の名前も、今いる場所も知らない」


「今さら!?」


 ギルド中に響きそうな声だった。


「だって聞く暇なかっただろ! 起きたら森で、魔物に追われて、遺跡入って、エリスと会って、また遺跡行ってガルディオンだぞ!」


「それは……まあ」


 エリスも言葉に詰まる。


「じゃあ、どこから説明すればいいのよ……」


「現在地からお願いします」


「急に素直ね」


 エリスが地図を指さした。


「ここ。ベルグラン王国」


「ベルグラン……」


「その中でも西側。今いるのが交易都市ラティス」


「なるほど」


 俺は必死に頭へ入れる。


 ラグナ大陸。


 ベルグラン王国。


 交易都市ラティス。


 そこから北には大きな山脈。


 東には別の国。


 南にも国境がある。


「じゃあこの隣は?」


「東がヴァレスト帝国。南西がルーデン公国」


「国、普通にいっぱいあるんだな」


「当たり前でしょう」


「いや、そうなんだけど……」


 地図の縮尺を眺める。


「ここから帝国までどれくらい?」


「一番近い国境なら、馬車で何日か」


「何日?」


「帝都まで行くならもっとよ。何週間もかかる」


「……マジ?」


 ゲームなら街から街へ数分。


 広いオープンワールドでも、一時間走り続けるなんてことはそうそうない。


 だが、ここは現実だ。


 山を越えるなら山を歩く。


 国を移動するなら何日もかかる。


「ファストトラベルないのか……」


「何?」


「なんでもない」


 これは地味にきついぞ。


 俺はもう一度、地図を見る。


 その時、さっき街で見た人たちを思い出した。


「そうだ。この国って、他にどんな種族がいるの?」


「人間以外ってこと?」


「うん」


「エルフも獣人もドワーフもいるわよ。他にもいるけど」


「結構普通に一緒に暮らしてるんだな」


「地域にもよるけどね」


「じゃあ、エルフが多い国とか、獣人の国とかもある?」


「あるわよ」


「マジで?」


 地図を見る目が変わる。


 国。


 種族。


 街。


 知らない場所。


 知らない文化。


 何も知らない。


 だから――。


「行ってみたいな」


「どこに?」


「全部」


「は?」


 エリスが本気で意味が分からないという顔をする。


「だって地図にこんだけ載ってるんだぞ?」


「載ってるけど」


「見たくならない?」


「ならない」


 即答だった。


「なんでだよ」


「普通の人は地図見ただけで大陸全部歩こうとは思わないの」


「そうかなぁ」


「そうよ」


 でも、俺には無理だ。


 空白があれば埋めたい。


 行ける場所があるなら行きたい。


 仕組みがあるなら知りたい。


 ゲームでもそうだった。


 一本道を進めと言われれば脇道が気になる。


 入るなと言われた場所ほど入りたくなる。


 この世界そのものが巨大な未知のマップなのだとしたら――。


「……面白そう」


「その顔、嫌な予感しかしないんだけど」


「失礼な」


「遺跡で壁抜けしてゴーレムを崖から落とした人に言われたくない」


 何も言い返せなかった。


 問題が発覚したのは、その直後だった。


 受付で遺跡の報告について追加確認を受けたあと、俺の身元について聞かれた。


「では、リク様の身分証をお願いします」


「身分証?」


「はい」


 俺はエリスを見る。


 エリスも俺を見る。


「……ないの?」


「ない」


「本当に何も持ってないのね……」


「起きたら森だったからな」


 受付嬢が困ったように笑う。


 どうやらこの世界では、都市を行き来したり宿を長期間利用したりする際、何らかの身分証明が必要になることがあるらしい。


 当然、異世界から来た俺にはそんなものはない。


「どうすればいい?」


 聞くと、エリスは少し考えてから言った。


「一番簡単なのは、冒険者になることね」


「俺が?」


「ギルドカードが身分証代わりになるから」


 冒険者。


 改めてその言葉を聞く。


 魔物。


 剣。


 依頼。


 遺跡。


 ファンタジー世界でこれ以上ないほど定番の職業。


 なのに、自分がなるとなると急に現実味が出る。


「……俺、剣も使えないけど」


「だから明日から覚えるの」


「え?」


「丸腰で遺跡に入る人をもう一回連れて行く気はないから」


「ちょっと待って。遺跡行くこともう決定してない?」


「あなた行かないの?」


 俺は壁の地図を見る。


 そして鞄の中の《世界仕様書》を思い出す。


 VERSION 1.0.28。


 まだ分からないことだらけ。


「……行く」


「でしょうね」


 エリスは呆れたように笑った。


「じゃあ明日。冒険者登録ね」


 異世界に来て数日。


 俺はようやく、自分がいる国の名前を知った。


 そして翌日。


 どうやら俺は――冒険者になるらしい。

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