第12話 仕様外攻略
地面を転がりながら、俺は視界に浮かぶ《ログ》を追った。
《突撃粉砕》
《強制移動継続》
まだ止まっていない。
そして。
ない。
さっきは表示されたはずの――。
《落下危険判定》
それが出ない。
「……!」
ガルディオンの巨大な足が、崖の縁へ届いた。
一歩。
石床が砕ける。
もう一歩。
その先に――地面はない。
普通なら止まる。
いや。
普通に歩いていた時は、止められた。
でも今は。
《強制移動継続》
ガルディオンの身体が崖の外へ飛び出した。
「――!」
一瞬だけ宙に浮く。
そして。
巨体が奈落へ落ちていった。
「落ちた!?」
エリスが叫ぶ。
俺も慌てて起き上がり、崖際へ走った。
「本当に……」
四、五メートルあった石の巨人が、みるみる小さくなっていく。
「本当に落ちた……」
「あなたが落としたんでしょうが!」
「いや、待って」
「何よ!」
「落下ダメージがあるか分からない」
「この高さから落ちて生きてたらもう知らないわよ!」
確かに。
だが、ゲームには時々いる。
とんでもない高さから落ちても平然としている敵。
イベント落下だけ無効。
敵だけ落下ダメージ無効。
「頼むから普通にダメージ入ってくれ……」
数秒。
妙に長く感じた。
そして――。
ズゥゥゥン……!
「っ!」
足元が揺れる。
遺跡の天井から砂埃が落ちた。
視界にログ。
《落下状態終了》
《衝突を確認》
《落下距離:算出》
《対象へ落下損傷》
「入った!」
さらに。
《遺跡守護者ガルディオン》
《機能維持不能》
《活動停止》
「…………」
終わった。
本当に。
「……落下ダメージあるんだ」
「感想そこ!?」
エリスのツッコミを聞いた瞬間。
身体から力が抜けた。
「うわ……」
その場に座り込む。
「リク!?」
「大丈夫」
手を見る。
震えていた。
足もだ。
「今になって震えてきた……」
「遅いわよ!」
「しょうがないだろ。あんなの真正面から突っ込んできたんだぞ」
「自分から立ったんでしょうが!」
「それはそう」
エリスも壁へ背を預け、そのまま座り込んだ。
呼吸が荒い。
魔力も相当使わせてしまった。
しばらく二人とも何も話さなかった。
静かになった広間だけが残っている。
「……でも」
エリスがぽつりと言った。
「本当に倒しちゃった」
「倒したっていうか、落とした」
「同じよ」
「攻略方法としては結構違う」
「そこはどうでもいい!」
少しだけ笑った。
生きている。
それだけで急に現実味が戻ってくる。
「最初は」
エリスが奈落を見ながら言った。
「あなたの言ってること、全然分からなかったけど」
「今は?」
「今も半分くらい分からない」
「半分も分かるようになったじゃん」
「喜ぶところ?」
「進歩だろ」
「でも……」
エリスが少し考える。
「あんな倒し方もあるのね」
「強い敵だからって、正面から殴り合わなくてもいいからな」
「普通は崖から落とそうと思わないのよ」
俺は《世界仕様書》を開いた。
《移動》。
《落下》。
どちらにも嘘は書かれていない。
通常移動では落下防止。
強制移動では一部の補正が外れる。
個別に見れば、どちらも正常。
なのに組み合わせると。
「仕様通りなのに、想定通りじゃない」
「それが前に言ってた“バグ”?」
「たぶん」
「またたぶん?」
「仕様そのものが間違ってるわけじゃないんだ。一個一個はちゃんと動いてる。でも組み合わせた時に、作った側が想定してないことが起きる」
「……作った側?」
言われて、俺も止まった。
作った側。
何気なく使った言葉。
でもこの本には確かにあった。
《管理者情報》
ACCESS DENIED。
「……いや」
考えるのは後だ。
《守護対象の機能停止を確認》
《領域封鎖解除》
閉じていた扉がゆっくり開いた。
「帰れる……」
「よかった」
同時に、広間のさらに奥でも別の扉が開く。
「……奥」
「帰るわよ」
「でも」
「帰る」
「……はい」
さすがに今日はエリスが正しい。
そう思った瞬間だった。
WARNING
「……?」
見たことのない表示。
勝手に《ログ》が開く。
《規定外の攻略挙動を検出》
俺の身体が固まった。
《対象:守護機構》
《想定攻略経路との不一致を確認》
《異常挙動を記録》
「リク?」
「ちょっと待って」
そして。
《記録情報を管理領域へ送信》
「……送信?」
どこへ?
誰に?
俺は慌てて《世界仕様書》を取り出す。
WORLD SPECIFICATION
その下。
VERSION 1.0.27
「……こんなの、あったっけ?」
一度。
数字が点滅した。
VERSION 1.0.28
「…………」
「今度は何?」
「分からない」
ただ一つ分かる。
何かが更新された。
「何か……直した?」
怖い。
世界のどこかで、自分の行動が記録された。
そう考えれば、怖くて当然だ。
なのに。
その次に頭へ浮かんだのは。
――何を直した?
――どう直した?
だった。
「……確かめたい」
「何を?」
「色々」
エリスが盛大にため息をついた。
「帰るわよ」
「うん」
「……今日は素直ね」
「調べたいこと増えたから」
「全然素直じゃなかった!」
俺たちは遺跡を後にした。
この時の俺はまだ知らなかった。
俺たちが起こした“想定外”が。
世界のどこかにいる何かへ、確かに届いていたことを。
第一章 完




