第五章 忘川
家に帰って荷物を下ろした後、遥は先にお風呂に入り、私はソファに座ってタバコに火をつけた。このときようやく、宮川さんの言葉をじっくり考える時間を持てた。
宮川さんのメッセージは普段の彼女らしくなく焦った感じだったが、電話ではまた冷静だった……うーん、考えすぎか? 何か言おうとして、結局隠したような気がする。
考えているうちに思考が広がり、私はこれまでの出来事を一つひとつ丁寧に振り返った。遥の初めての出現から宮川さんとの初対面、渡辺の話まで。そこで私は今まで見落としていたことに気づいた。宮川さんは、こうした幻覚がほとんど幼少期や少年期に起きると言っていたし、想像上の友達に似ているとも言っていた。では、なぜ私の場合は今になって現れたのだろう?
別の角度から考えると、以前にもこうした幻想の友達が現れていたのに、私が気づいていなかっただけかもしれない。そう思った瞬間、自分の人生で「幻想の友達」かもしれない人を思い浮かべた。それは、自分を助けてくれたのに、他の誰とも関わりのない存在でなければならない……。私は無意識に春を思い浮かべたが、すぐに除外した。あれは違う。彼女には自分の生活があり、最終的に私を置き去りにして、より深い絶望に突き落とした。あれは幻想の友達の目的とは合わない。
春でなければ……。頭が一瞬止まった後、一人の人物が浮かんだ——保健室の女の子。出現時期も一致するし、記憶の中で他の誰とも関わりがない。ただ、もし彼女だったとしたら、どうやって消えたのか? なぜ私にその間の記憶がないのか?
思考がどんどん乱れてきたそのとき、遥の声がした。「秋生くん……私、着替えがないみたい。」
「……服も用意する必要あるんだ?」
「気づいてると思ってたよ。私、いつも同じ服を着回してるでしょ? 这次外出するときに洗っちゃったから、今は何も着るものがないの。」
「うん……待ってて。」私はタバコを灰皿に置き、クローゼットから高校時代の服を何枚か取り出した。「僕の服しかないけど……いい?」
「選べる立場じゃないでしょ。」そう言いながら、ドアが開く音と、濡れた手が伸びてきた。私は視線を逸らし、余計なことを考えないよう自分を律しながら、服を手渡した。
遥が出てきたとき、彼女は私の普段着を着ていた。サイズがそれほど合わないわけでもなく、意外と似合っていた。遥は髪を拭きながら、袖を鼻先に近づけて嗅いだ。「うわあ、すごいタバコ臭。」
私が自分の服を鼻に近づけて嗅ぐと、彼女はくすっと笑った。「嘘だよ。」
その後、私がお風呂に入り、遥はまたタバコを一本もらってソファで挑戦を始めた。私は浴室の外から聞こえる咳の音を聞きながら、苦笑した。
夜、互いに「おやすみ」を言い、ベッドに横になると、これまでの遥との日々を思い返した。一瞬、彼女がそばにいる生活にすっかり慣れてしまった自分に気づいた。布団を頭まで引き上げ、独り言のように呟いた。「このままずっと続けば、君がいない生活も受け入れられるかな?」
翌朝目覚めると、頭がぼんやりとして、飲み込むたびに焼けた石炭を飲み込んでいるような感じがした。熱が出ていると気づいた。前日雨に濡れて山で一泊、不十分な布団で寝たのだから、私のような運動不足の人間が熱を出すのは当然だった。
ソファに横になって意識が朦朧としていると、誰かが額に手を当てた気がした。ゆっくり目を開けると、遥の目尻に涙が浮かんでいた。
「泣くの、君には似合わないよ……」私は微笑み、家に薬が残っていないか考えた。私は常備薬を置くタイプではなく、前回の風邪で使えるものはほとんど使い切っていた。今回は我慢するしかない。そう思ったとき、遥の唇が動くのが見えた。何かを言ったようだったが、聞き取る前に私は意識を失った。あのとき聞き取れていたら、後で行動するときに少し迷ったかもしれない。この物語の結末も違っていたかもしれないと、私は後になって何度もそう思った。でも「もしも」はない。
夢の中、私はまっすぐに続く石段を上っていた。道の両側に灯籠が並び、道を照らしている。無意識に進むが、周りには何もなく、空は真っ暗で、人影も月も見えない。寒さを感じて足を速め、石段の先へ急いだが、道は長く長く、果てしなく続くようだった。ようやく立ち止まって休んだとき、遠くの石段の上に、浴衣を着て黒い短髪に赤い紐で作った花を飾った小さな女の子が立って私を見つめていた。奇妙なことに、彼女の顔は見えなかった。追いかけようとした瞬間、周囲のすべてが急速に崩れ始めた……
再び目を開けたとき、私はベッドに横たわっていた。額に熱いタオルが乗せられ、思考が少し回復した気がした。少し頭を動かすと、ベッドサイドに解熱剤があった。
遥が買ってきてくれたのか? でも彼女は幻覚なのに……?
足音が近づき、私は無意識に言った。「遥……ありがとう。」
「確かに彼女に感謝した方がいいわ。彼女が連絡してくれなかったら、あなたはソファで一日中寝てたでしょうね。」
聞き覚えのある声だったが、誰かを考える間もなく、その人物が目の前に立った。
「……宮川さん。」私は相手を見て、言葉が出てこなかった。彼女は私の気持ちを察したように、勝手に椅子を引いて隣に座った。
「私がここにいるのが不思議でしょう? さっき言った通り、彼女が連絡してきたの。あなたのスマホを使って。」彼女はスマホを開いて見せてくれた。送信者は私で、内容は
「助けて。」
私は無言で見つめ、彼女は続けた。「どうやら彼女は現実にある程度影響を与えられるようだけど、範囲はあなたの周りだけみたいね。」
私は小さく頷き、心の中の疑問を口にした。「宮川さん、何か発見があったんですか? それとも何か隠してますか?」
彼女は少し姿勢を直し、私のすぐ近くまで寄ってきた。
私は驚いて彼女を見たが、質問する間もなく、宮川さんの次の言葉に私は呆然とした。
「枯木さん、前に治療法を探していると言いましたよね? もし今、私があなたの病気を治せる薬を見つけたと言ったら、どう思います?」
「……は?」この言葉を理解するのにどれくらいかかり、声を出すのにどれくらいかかったかわからない。突然脱力感に襲われ、全身の毛穴から冷や汗が噴き出るような気がした。
宮川さんは感情のこもらない声で続けた。「聞いた通りよ。薬を見つけたわ。」
もういい、止めて……
「飲めば、数ヶ月以内に幻覚は消える。」
止めて! もう言わないで!
「あなたが以前尋ねた条件に完璧に合ってる。欲しい?」
止めてくれ!
宮川さんの声は大きくなかったが、今の私には異様にうるさく聞こえた。その瞬間、彼女の首を掴んで言葉を止めたい衝動に駆られた。でも結局何もできず、周囲は静まり返り、遠くから電車の音がかすかに聞こえるだけだった。
この沈黙はどれくらい続いただろう。一分か、一時間か。こういうとき、人は時間の感覚を失う。私は口を開こうとしたとき、宮川さんが先に言った。
「すぐに答えを出さなくていいわ。そんなに急ぎじゃないし、これが私があなたに会いに来た本当の目的でもないの。」
私が疑問の目を向けると、彼女は続けた。「私はずっと考えていたの。他の人の幻想の友達はほとんど子供の頃や少年期に現れるのに、なぜあなたは今になって現れたのかって。以下は私の仮説だけど、あなたが小さい頃にも幻想の友達が現れていた可能性はないかしら? 仮にそれが本当だとすると、新たな疑問が生まれる。その子は当時何をしたの? なぜ成功しなかったの? そしてその子はどうやって消えたの?」
私は気づいた。もし宮川さんの仮説が正しければ、私は何かを忘れているのかもしれない?
「この仮説が正しければ、この病気の新しい特徴がわかるかもしれない。もちろん、調査するかどうかはあなたの自由。今すぐ薬を渡すか、このまま遥さんと生活を続けるか、選んでいいわ。……もう多くは言わないから、まずはゆっくり療養して。」
そう言って宮川さんは立ち上がり、去ろうとした。最後に一言残した。「枯木さん、記憶は時として真実とは限らないのよ。」
ドアが閉まり、私は天井を見つめ、ふと疑問が浮かんだ。遥はどこへ行ったんだ?
その疑問は長く続かず、しばらくして粥の入った碗を持って遥が入ってきた。彼女は先ほど宮川さんが座っていた椅子に座り、匙を私の口元に寄せた。「あーん。」
「ちょっと、遥……」質問しようとしたが、彼女はすぐに食べ物を口に入れた。
「何でもいいから、まず食べて。丸一日何も食べてないでしょ。」彼女は真剣な顔で私を見た。
初めて見るその表情に、私は用意していた質問を飲み込み、静かに粥を食べ終えた。遥は碗を脇に置き、私が質問するのを待つような顔をしたので、ようやく先ほどの疑問を口にできた。
「実はすごく気になるんだけど、どうして宮川さんに連絡したの?」
「何を聞かれるかと思ってた……」遥はこの質問にほっとした様子で、当然のように言った。「秋生くんの友達なんてほとんどいないし、最近連絡を取ってる人で知ってるのは宮川さんだけだから、他に頼める人いなかったでしょ。」
「待って……僕が宮川さんと連絡してるの知ってたの?」
「ふふっ、秋生くん、本当に嘘が下手だよね。何か隠してるとすぐ顔に出てる。一目でわかるよ。それに、ほとんど隠してなかったし。スマホをソファに置いたままお風呂入って、画面も消さずに放置してたから、誰から何が来たか丸わかり。」
「…………」そんな小細工を見抜かれていた羞恥が再び全身を襲ったが、遥はとても自然だった。私は彼女の目尻が少し腫れているのに気づいた。私が病気のときに泣いていたのか?
気まずい雰囲気を変えるため、私は話題を変えた。「宮川さんが来てる間、君は何してたの?」
「あなたの看病してたよ。私、あなたから離れられないし。」彼女は当然のように言った。「でも宮川さん、すごい賢いよね。私が見えるみたいに、あなたの様子をすぐ確認して、『大丈夫』って言って、薬を買ってきて、私と一緒にあなたをベッドに運んで、薬を飲ませて、粥を煮て、熱のときの注意点も教えてくれた。」
遥は指折り数えながら教えてくれ、私は彼女が遥をどう思っているのか、つい考えてしまった。
話し終えると、遥は碗を下げ、私にゆっくり休むよう言った。私は特に異存はなく、今は頭がぼんやりしているし、何もできない。でもさっき知ったばかりのことを考えると、ゆっくり休むのも難しいだろう。
その夜、ようやく熱が下がった。ちなみにその日から、遥は私と一緒にベッドで寝るよう要求した。再び同じことが起きるのを心配しているようだったが、私にとっては逆に困った。少女と同じベッドで寝るなんて。遥は私の反応を見て笑いながら「何してもいいよ」と冗談を言ったが、私にとってはただ一緒に横になるだけで眠れるはずがなかった。
…………
ほうき、雑巾、ブラシ、ちりとり、洗剤……大きな袋を抱えて廊下を歩いていると、隣のおばあさんがちょうど出てきて、私の格好に驚いたが、すぐに笑顔で聞いた。
「彼女と一緒に正月大掃除?」
「まあそんなところです……え? どうしてわかったんですか?」私は頷きながら相手の顔を見ると、彼女はにこっと微笑んだ。
「ここ数日、二人で話す声が大きかったのよ。あなたの声がよく聞こえて、前に全然なかったからね。前に女の子のことを聞いたときから、きっと彼女ができたんだろうと思ってたわ。」
「そうですか……」私は気まずく頭を下げた。これからは遥と話すとき少し気をつけようと思った。おばあさんは笑顔で「仲良く続けてね」と言った。
「はい、ありがとうございます……」
会話を終え、荷物を持って家に入ると、遥がバケツに水を入れ、袖をまくり、腰までの黒髪をまとめ上げて、きりっとした印象になっていた。
「うん、全部買ってきたね。えらいえらい。」彼女は子供を褒めるような口調で私の頭を撫でた。
その後、私たちは家の中を隅々まで掃除した。私が引っ越してきてから一度も掃除していなかったので、水は二、三回ごとに替えなければならず、掃除をしてみて初めて三袋ものゴミが出たことに気づいた。
リビングの床を掃き終わると、遥は背伸びをして深呼吸した。「秋生くんとゴキブリの違いは、見た目がいいところだけだね。」
私は気まずく咳払いをした。「今後は気をつける、今後は気をつける。」
そのまま逃げるように部屋に入り、不要なものがないか確認した。ここ数年で溜め込んだものが多く、好きなバンドのCD、本、画集、使い終わった画材など。もう使わないものも多かったが、かつて一緒に過ごした時間を思い出しては「いつかまた使うかも」とベッドの下にしまっていた。
数日前熱が下がった後、私と遥は暇になった。大病明けということもあり、彼女も無理に早起きさせたり外出に誘ったりしなかったが、彼女が少し退屈そうに見えたので、正月はどうかと探りを入れると、彼女の興味は想像以上だった。
すると問題がいくつか浮上した。まず、家に掃除道具がほとんどないこと。残っていたのは半分しか毛のないほうきと、ギザギザのちりとりだけ……魔女でもこのほうきは嫌がるだろうと思い、新しいのを買うことにした。もう一つは私のベッドの下。遥が以前探し物で潜り込んだとき、驚いた顔で「私の寝てるベッド、実は四次元ポケットだったんだね」と言っていた。
その後、遥の強い要望で、不要なものやゴミを全部出して片付けることになった。
うん、これは残そう、これも残そう……
懐かしい思い出の品を次々取り出して感慨にふけっていると、遥が顔を覗かせた。
「ねえ、全然進んでないじゃん。」
「今やってるところだよ。」
「これ、捨てるの?」
「これは残すやつ。」
「残す?」彼女は驚いた顔で、蓋のないボールペンを取り出した。「これ、何に使うの?」
「中学で初めて絵を描くのに買ったペンだよ。」
「……じゃあこれは?」彼女は割れてテープで補強された黒いレコードを取り出した。
「昔一番好きだったアルバム。友達に落とされて割れちゃったんだ。」
「…………」遥の額のしわがどんどん増え、ゆっくりと期限切れの飲み物を手に取った。「これ、五年も前に賞味期限切れてるよ……」
「あれは好きなアニメのコラボグッズ。」
「秋生くん。」
「うん?」
「記憶力すごいね。」
「うーん、そんなでもないよ。小学校のことはあんまり覚えてないし。」私は手を振ったが、すぐに遥がその箱を全部持ち上げた。
「こんなに惜しんでたら部屋がゴミ溜めになるよ。それにこの箱、全部埃かぶってるってことは、ほとんど見てないでしょ!」そう言って彼女は運び出してしまった。
私は……少し惜しくはあったが、大きな感情の揺らぎはなかった。遥の言う通り、私が大事にしていたのは物そのものではなく、それらがもたらしてくれた美しい思い出だったのかもしれない。
そう思って気持ちを切り替え、使わないものは全部捨てることにした。そうすると……ベッドの下の箱はほとんど捨てられることになった。
「はあ。」私はため息をつき、箱を開けて中を確認した。何もなければ全部出すつもりだったが、そのとき一つの物が目に入り、胸がざわついた——以前春に買った人形だった。
引っ越しのときに持ってきて以来、ずっとベッドの下に放置していたのが、今日ようやく出てきたらしい。私はその人形をじっと見つめ、最終的に箱に戻して外へ運び出した。
「うわ、こんなに?」遥は大きな箱を見て頭を掻き、どう処理するか考えているようだったが、開けて中を確かめ始めた。すると人形が目に入り、興味を引かれたように手に取って私を見た。
「こういうのまだ好きなんだ? 意外。」
「実は……」私は頭を掻き、人形を見つめながら、春のことを遥に話した。「……結局、あの女の子とはもう会えなくて、この人形も渡せないままだった。」
遥は静かに聞き終え、もう一度人形をよく見て、埃を払って抱きしめ、目を閉じて微笑んだ。「これは捨てないで、私にちょうだい。」
「君が気に入るならいいけど、ちょっと古いよ。新しく買おうか?」
「いらない。このままでいい。この人形は秋生くんの大事な思い出なんだから、捨てちゃダメ。」彼女はとても気に入った様子だったので、私はそれ以上言わなかったが、この言い方、なんだか聞き覚えがある……さっき私が言っていた理論そのものじゃないか?
すべての片付けが終わった後、家が数平米広くなった気がした。これからはこまめに掃除しようと心に決めた。
掃除が終わったら本来、門松やしめ縄、鏡餅を飾るべきだったが、面倒なのでやめた。年賀状も、以前渡辺に一度書いたことがあるが、相手に気まずがられて以来やめていた。私たち二人とも、そういうものが似合わない。
残りの時間、私と遥はソファに並んでテレビを見た。紅白歌合戦の時間だったが、私も遥もあまり興味がなく、すぐに電源を切った。
何をしようか考えていると、遥が窓辺に立って外を見ていた。雪が降っているようだ。私からも雪片が舞うのが見えた。こんなときは雪合戦がぴったりだ。
「ねえ、雪合戦しない?」この瞬間、遥の考えは私と完全に一致した。
私たちは外に出た。大晦日の夜、通りにはあまり人がいなかった。私は人気のない駐車場を選び、上着を脱いで、振り返って「始めよう」と言おうとした瞬間、雪玉が顔に飛んできた。
「へへっ、秋生くん、油断禁物だよ。」彼女はもう一つの雪玉を放り投げ、得意げに見つめてきた。
私は顔の雪を払った。「不意打ちかよ。」
「私が準備が早かっただけ……」
彼女が話している隙に、私は素早く雪玉を二つ作り、一つを投げた。遥は私の動きを見て身をかわしたが、振り返った瞬間、もう一つの雪玉が飛んできた。
「うわあ! ずるい!」
「これは知恵だよ。」私は笑って自分の頭を指差した。
その後、本格的な戦いが始まった。私と遥は駐車場中を動き回り、雪玉を投げ合った。積もったばかりの雪はまだ固くなく、お互い手加減していたので、当たっても痛くなく、ただ純粋な楽しさが広がった。
疲れるまで遊び、帰り道でたくさんの人を見かけた。遥は顎に手を当てて考え、突然私を振り返った。「あの人たち、神社に行くんだね?」
スマホを見ると、もうすぐ零時だった。確かに初詣だろう。
「そうだね、もうすぐ新年だ。」
「私たちも行こうよ?」遥はとても興味津々だった。
「行かないって言っても無駄だよね?」
彼女は笑って私の手を引き、人ごとの流れに乗った。
神社への石段の両側に灯籠が整然と並び、山頂まで続いていた。私と遥はゆっくり上った。この景色、なんだか懐かしい。
「ドン、ドン、ドン 花火だ きれいだ。」遥が突然歌い始めた。
「正月なのに、なんで『花火』歌うの?」
「ただ歌いたくなっただけ。それに、この雰囲気、花火大会に似てるでしょ?」
花火大会? 花火? 神社?
…………
これまでのすべての既視感がこの瞬間のためにあったのだとしたら、私は今、十数年間思い出せなかった、記憶の奥底に封じ込められていた出来事を、ようやく思い出した。そして物語は、ここから取り返しのつかない方向へ疾走し始めた。
「じゃーん! これは何だと思う?」保健室で、女の子が絵本を掲げて得意げに聞いた。
「花火大会の鳥居。」私は少し呆れて彼女を見た。
「え、嘘でしょ? こんなに早く当たるなんて?」彼女は信じられないという顔をした。
「君が毎回絵に『花火大会の』って前置きつけてなかったら、ただの鳥居って答えてたよ。」
「うーん、アキはつまんない。」彼女は唇を尖らせ、不満そうに背を向けて絵を描き続け、私はベッドに横になって教科書を見ていた。
この女の子と知り合ってからもうすぐ二ヶ月。花火大会が近づくにつれ、彼女の頭の中はそればかりで、ゲームもまともにできなくなっていた。
私もずっと本を読んでいるのは退屈だったので、ベッドに横になって考え事を装い、何かできないか考えた。すぐにいいアイデアが浮かび、彼女の肩をそっと叩いた。
彼女はびっくりして私を見つめ、「な、何?」と聞いた。
「外で遊ばない?」
「は?」
「今すぐ学校を抜け出して。」
「まさかサボる気? いい子がすることじゃないよ。」
「ここにいても誰も見張ってないし、勉強も教えてくれないんだから、いいでしょ。」
「ダメ。」彼女はきっぱり断り、再び絵を描き始めた。
私はこの反応を予想していたので、ゆっくり振り返り、何気なく言った。「はあ、残念だな。本当の花火大会を見せてあげようと思ったのに。」
その言葉で、彼女のペンが止まった。私は計画成功を確信し、口角を上げて保健室の出口に向かった。「もう無理だね。」
「……本当? 嘘じゃないよね?」
…………
校舎の隅の目立たない茂みをどかすと、小さな穴が現れた。
「ここに穴があったんだ。」
「前に保健室に来てた生徒たちの話を盗み聞きして知ったんだ。」私は得意げに言った。
しかし彼女は軽蔑した様子で、「他人の会話を盗み聞きするなんて、最低。」と言った。
「…………」私は反論できず、早く通るよう急かした。その後私も続き、人生初の「脱走」を簡単に成功させた。
外に出て、大人に見つからないよう、私は彼女の手を引いて裏道を歩いた。
「ねえ、そろそろどこに行くのか教えてよ。」
「着いたらわかるよ。」
そう言いながら路地を曲がり、最後に小さな一軒家の前で止まった。家族が仕事に出ているのを確認し、こっそりドアを開けて彼女を中に入れた。
「ここ、あなたの家?」
彼女は周りを見回して聞いた。
「うん。二階の一番奥の部屋で待ってて。必要なもの取ってくるから。」
準備が整い、大きな箱を持って部屋に入った。それは私の数畳の寝室で、まだ長期の居場所ではなかった。
箱を置き、彼女に言った。「中、何だと思う?」
「もったいぶらないで。」彼女は少し怒ったようだったが、私は箱を開けるよう促した。
箱を開けると、中には夏物の浴衣と、色とりどりのボール、人形、線香花火などが入っていた。
「これは……」彼女は私を見た。私は気まずくなって後頭部を掻き、目を逸らして言った。「……ほら、花火大会までまだ時間あるし、まずは一部を体験してみようよ。予行演習みたいなもの。そうすれば本番は他のことに時間を割けるでしょ。」
言い終わると、彼女は呆然と私を見つめ、私の頰が熱くなるまで見つめ続け、突然くすっと笑った。「アキ、馬鹿だね。」
「ちょっと!」
「馬鹿、馬鹿!」彼女はしばらく笑った後、私を見て言った。「ありがとう!」
私たちは部屋で長く遊んだ。本物に比べれば簡素極まりなかったが、それ以上に楽しかった。疲れると床に寝転がり、天井を見つめ、半開きの窓から入る風が風鈴を鳴らす音を聞いた。
「ところでこの浴衣、誰の?」彼女は袖を伸ばした。少し大きかったが、朝顔の柄が彼女によく似合っていた。
「お母さんが従姉に送る予定だったやつ。」
「え? 私が着てもいいの?」
「いいよ。」
私はそのまま目を閉じて休み、彼女の歌う声が聞こえた。
「ドン、ドン、ドン 花火だ きれいだ。」
「少し音痴だよ。」
「嫌い。」彼女は顔をこちらに向け、微笑みながら言った。
……目が覚めると、下から物音がして、窓の外が夕暮れだと気づき、慌てた。寝過ごしてしまった。片付けようとしたとき、ドアが開き、母が立っていた。
その瞬間、すべてが終わったと思った。家を散らかしただけでも重罪だが、彼女を連れてサボって家に連れ込んだなんて死刑ものだ。彼女の方を見ると、玩具は片付けられ、浴衣はきれいに畳んで箱に入っていた。
その日、私はサボりのことで叱られたが、両親はあの女の子のことは一切触れなかった。誰かが来ていたことも知らないようだった。おそらく私が寝ている間に逃げたのだろうと、当時の私は思った……
…………
この記憶の断片を繋ぎ合わせたのは、遥と神社近くのお祭りをぶらついているときだった。
この記憶自体に問題はないと思ったが、宮川さんの仮説を思い出すと、急に霧がかかったようにぼやけた。なぜこんなに美しい記憶を、私は全く覚えていなかったのか? そしてあの女の子は……本当にただ逃げただけなのか? 私は隣の遥を見た。彼女は神社に参拝していた。
人は疑い始めると、想像が止まらなくなる。私はさまざまな推測を巡らせたが、確かなのは、何かを忘れているということだった。そのとき、宮川さんが去り際に残した言葉を思い出した。
「記憶は時として真実とは限らないのよ」
突然、遥が私の肩を突いた。「次、秋生くん。」
私は心のこもらない様子で鈴を振り、初詣を済ませた。
『以下は私の仮説だけど、あなたが小さい頃にも幻想の友達が現れていた可能性はないかしら? 仮にそれが本当だとすると、新たな疑問が生まれる。その子は当時何をしたの? なぜ成功しなかったの? そしてその子はどうやって消えたの?』
宮川さんの仮説が頭の中で何度も反響した。それまでは「記憶がないのだから仮説は間違っている」と自分に言い聞かせ、このまま生活を続けられると思っていた。しかし今は、もうそう簡単に決められなくなった。
帰り道、私はついに決心した。あの、何の美しい思い出もない故郷に一度戻ろう。この決断で今の生活が変わるのはわかっていたが、目の前の遥の背中を見ると、最も大事な理由を思い出した。
もしあの女の子も幻覚だったとしたら、どうやって消えたのか? なぜ何の記憶も残さず、私の人生を変えなかったのか? 当時何かが起きて彼女が消えたのだとしたら、遥も同じようになってしまうのではないか?
神社近くの屋台ではさまざまな食べ物が売られていた。私は旗袍を着た女の子の屋台で中華小籠包を買い、半分を遥に渡した。冬の寒さの中、包子は熱を運び続けた。
「あ、そうそう、忘れてた!」前を歩いていた遥が突然振り返り、両手を後ろに回して首を傾げた。微風が彼女の髪を揺らし、朝日が昇るその瞬間、私は遥の感情のこもった声を聞いた。
「おめでとう、新年! これからもちゃんと生きてね、馬鹿。」




