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 枝豆の皮を器に入れ、無数の水滴のついたジョッキを持ち上げた。カウンターに置かれたコースターには「酒処喜楽」と書かれていた。その隣には紙を折って作られたウサギの箸置きがある。

 焼き鳥の香ばしい匂いと常連客たちの笑い声がお店を満たしていた。

 店の引き戸が引かれる音を合図に、涼しい空気が駆け抜けた。

「お、祐介君、いらっしゃーい」

 扉にはスーツ姿の祐介が、片手でネクタイを緩めていた。

「で、なんだ話って?」

 祐介はジャケットを脱ぎ、隣の椅子にかけた。

「まぁ、まずは乾杯しよう」

「なんだよ上機嫌だなぁ。大将、生中」

「ほーい」

 大将は祐介におしぼりを渡し、お通しと生ビールを運んだ。渡された箸の袋は、手元のウサギと同じ模様だった。

 ジョッキを掲げ、祐介の持つジョッキと軽くぶつけた。

「で、何があった?」

 ゆっくりジョッキを置く。水滴がコースターに広がった。

「実はさ、クラゲのTシャツを買ったんだけど」

 祐介の表情が固まった。

「お前、また変なもん着てるんだな」

「失礼な」

「まぁいいよ。それで?」

「でな、それを着て、授業で使うシーグラス拾ってたんだよ。材木座海岸で」

 祐介は親指と人差し指で眉間を挟んだ。

「まぁ聞けって。そしたらすごい美人がさ、同じTシャツ着てたんだよ」

 祐介は眉間に皺を寄せたまま目を向けた。

「その、クラゲのTシャツ?」

 頷くと、机の影も一緒に動いた。

「つまりなんだ、俺らとの観光をキャンセルしたお前は、美女とデートしてたってのか?」

「いや、キャンセルしたのは悪かったけど、出会ったのは偶然だよ」

 ビールを口にする。ジョッキから滴った机の水滴をおしぼりでふいた。

「また会う約束までした」

 祐介は眉間と口の力が緩み、片方の眉毛が上がった。

「いやいや。 そんなんじゃないよ。シーグラス拾いの手伝いしてくれたお礼」

 ジョッキの水滴をいじる。

「まあ、でも、いい人だったなぁ。美人だし」

 祐介は変わらず笑っていた。

「何歳くらいの人?」

「わかんない。若い」

「どこに住んでる人?」

「知らない。たぶん東京」

 祐介は体をのけぞらせた。

「なんだよ、なんも知らないなぁ」

「何もじゃないよ。名前は知ってる」

「へぇ、なんていうの?」

「一ノ瀬詩織さん。いい名前だろ」

 祐介が目を見開き、遠くを見た。

「美人なんだっけ?」

「美人だ」

 祐介は遠くを見つめたままだった。

「どんな仕事してるとか聞いたか?」

「モデルって言ってたな。でも悪いと思って検索はしてないよ」

 祐介は口に手を当てて、顔を横に向けた。

「なんだよ」

「連絡先、交換したか?」

 祐介はジョッキを持ち、目を向けた。

「それがしてないんだよ」

 祐介の手はジョッキをもったまま止まっていた。

「会う約束したんじゃないのか?」

「したよ。だけど連絡先は交換し忘れたんだよ」

「え? どうするんだよ」

「あのなあ祐介、僕たちは約束したんだよ。会うって」

 祐介の目が天井に向き、ビールに戻った。持っていたジョッキを傾け、多めに口に含む。ジョッキを置いて箸に持ち替えた。

「それでさ、考えたんだけど」

 祐介の箸が、お通しに向かった。

「今度会う時、何かプレゼントをしたいなと思ってて。手作りのシルバーアクセサリーとかどうかな」

 祐介の箸が止まる。

「照彦、友として忠告する。いきなり手作りのプレゼントはやめとけ」

「へ? なんで?」

「そりゃあ重いからだろ、手作りは」

「え、そうか? 僕だったら嬉しいけどな。それにほら、次に繋がるかも」

 祐介が長く息を吐いた。

「それはもっと仲良くなってから。付き合ってもいない女性に、いきなり手作りのアクセサリーなんか贈ってみろ。怖がられるぞ」

 唸り声を出した。

 カウンターの上のテレビが花粉情報を知らせていた。

「一ノ瀬詩織に贈るんだろ?市販のキーホルダーくらいにしとけよ」

「なんで呼び捨てなんだよ」

 祐介の目が一瞬大きくなった。

「い、いや、ほら、クラゲのキーホルダーとかならシャレが効いてていいんじゃないか?」

 壁には手書きのメニューが並んでいて、どれも紙の色が変色していた。店内には相変わらず香ばしい焼き鳥の匂いが立ち込めている。

「じゃあ、そのキーホルダーに手作りのチャームをくっつける。うん、それならギリギリセーフ、だろ」

 両手を小さく横に広げた。

 祐介は天井を見上げた。

「まあ、お前らしいか」

 祐介はジョッキを掲げて、顎を小さく向けた。

 ジョッキを同じ高さに掲げる。

「クラゲの出会いに」

「なんだそりゃ」

 ガラスのぶつかる音が店内に広がった。


 喜楽を出る。風が服を揺らした。祐介の背中が遠ざかるのを見送った。

 街灯が足元を照らし続けている。

 アパートの階段を一段飛ばしで駆け上がった。

 棚からマグカップ、ドリッパーを取り出し、フィルターをセットする。ポットが音を鳴らし始めた。つまみを回すと音が消えた。

 コーヒーの匂いが奥の部屋まで広がる。机には筆が逆さに入った筆洗や、絵の具、クレヨン、そしてポリ袋があった。袋を持ち上げ逆さにすると、拾ったシーグラスが甲高い音と一緒に散らばる。

 深い緑のガラスは、角がとがっていた。丸みを帯びた濃い茶色のガラスには白い文字で「cola」と書かれていた。

 いくつかのシーグラスを横によけ、一つのシーグラスを掴む。ゆっくりと回転させた。角は丸くなり上から下にかけて少しずつ広がっている。中央には丸い窪みがあった。

 他のものはポリ袋にしまい、淡い青色を眺めながらマグカップを口に運んだ。湯気が白く立ち上がっている。

 引き出しからラジオペンチを取り出し、細い銀色のワイヤーを曲げた。

 時計が音を刻んでいる。

 シーグラスの形状に合わせて、ワイヤーを巻き付けていく。

 ワイヤーをつかむペンチの音が止まった。角度を変えながらライトにかざす。細いワイヤーの隙間から淡いブルーの光が広がった。机に置くと、その光は机に映り込んだ。

 カーテンレールに掛かったクラゲのTシャツが門番となり、朝日の道を作った。手を伸ばしてのけぞり、大きく伸びをした。

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