アリアの息子
「アイリス!! やめんかぁっ!!」
泣いていた老婦人が、その女性に雷が落ちたような怒号を上げた。
「え……ばあちゃん、攻撃されてるんじゃないの……?」
アイリスと呼ばれた女性は、怪訝そうに呟きながら構えていた弓を少しだけ下ろし、こちらの様子を窺っている。
老婦人は全身全霊を込め、ありったきりの大声を上げた。
「この子はアリアの息子ぞ!!」
「姉さんの……?」
アイリスは手から弓を地べたへと落とし、ゆっくりとリオールの元へ歩き出した。その足の運びはみるみるうちに速くなり、最後には駆け足となってこちらへ突っ込んでくる。
リオールの目の前で立ち止まり膝をつく。顔の高さをリオールに合わせ、目を見開き、まるで祈るような視線を向けている。
「本当に、この子が姉さんの……?」
並んだ二人をよく見ると、驚くほどにそっくりだった。 柔らかな茶色の髪に、吸い込まれそうな紫色の瞳。そして、先端が小さくくねっている独特な毛先まで、二人は同じ特徴を持っていた。
「あ、あの……?」
戸惑うリオールが小さな声を上げた、その瞬間。 アイリスは耐えきれなくなったように、リオールの小さな体を力いっぱい抱きしめていた。
「生きて……生きていてくれたんだね……!
姉さんの子どもが、私たちの家族が、まだ残っていたなんて……!」
アイリスの目から溢れた涙が、今度はリオールの茶色の髪を濡らしていく。
突然のことに目を丸くしていたリオールだったが、アイリスから伝わる必死な温もりと、自分と同じ匂いに何かを感じ取ったのだろう。拒むこともせず、ただじっと彼女の背中に小さな手を回した。
「……ひとまずは、歓迎されていると見て良さそうだな」
ゼインが低く呟き、構えていた剣を静かに鞘へと収めた。私もホッと胸を撫で下ろし、腰の魔剣からそっと手を離す。周囲の老人たちも、涙を流しながらこの奇跡のような再会を見守っていた。
やがて、アイリスは名残惜しそうにリオールから体を離すと、目元を乱暴に拭って立ち上がった。そして、私たちの方へと向き直る。
「……攻撃して悪かった。私はアイリス。アリアの妹だ。あんたたちは、この子をここまで連れてきてくれたのか?」
「それもある。……だが、どうして攻撃などしてきたのだ。あの弓の使い方は手慣れている感があった」
ゼインの問いかけに、アイリスは気まずそうに視線を泳がせる。
「ここではなんてすから、長老のところへどうぞ」
老婦人が静かに口を挟み、私たちを促した。
案内されたのは、年季の入った古い家だった。最低限の物しか置いてない質素な家の中。一歩足を踏み入れるだけで、下に敷かれている藁の匂いがボワッと広がる。
その一番奥の部屋に通される。そこには、今まで見た老人たちより、なお年をとっているように見える男性が座っていた。真っ白で目まで覆い尽くすほど伸びた眉、そのせいて瞳が開いているかすらわからない。
口にも豊かに白い髭が蓄えてあり、口元も確認することが出来ず、表情を知ることは出来なかった。
微動だにしないので、リオールは仏像だと思い、触れようとしてしまう。ナターシャが慌ててその手を引き戻していた。
アイリスはその老人の隣に座り、耳元で何やら話していた。
皆がその老人の前に腰を下ろし静まり返ると、低くしゃがれた声が聞こえてきた。
「それでは、この国に起こったことをお話しよう……」
それは紛れもなく、目の前の老人から発せられた言葉だった。
「この国は昔、もっと大きな国であった。だが、他国からの攻撃を受け、だんだんと小さくなり、こうなってしまったのじゃ。……なぜか、わかるか?」
老人が、瞳の見えない顔をわずかにこちらへ向けた。私たちは誰も答えることができず、ただ沈黙を返す。老人は小さく息を吐き、話を続けた。
「魔道具というものは恐ろしい。魔力を持つ者の力を、最大限にまで引き出してしまう。ゆえに、争いにおいてはこれ以上ないほどの『兵器』となるのじゃ。
最初は良かった。他国から依頼された魔道具を作り、渡す……それが我々の使命であり、誇れる仕事であった。だが突然、我々を『敵』と見なす者たちが現れた」
「敵……ですか?」
私が思わず呟くと、老人の白い髭が苦しげに歪んだ。
「そうじゃ。『お前たちの作った魔道具のせいで、親が、子どもが死んだ』とな。何も考えず、いや……考えないようにしてやってきた仕事だ。そのツケを払う時期が来た、ただそれだけのことだったのかもしれん。
だが、悲劇はそこからじゃ」
老人の声が、怒りと悲しみで微かに震え始める。
「魔道具を作るには強大な体力がいる。遥か遠くの危険な地まで、材料を手に入れに行かねばならん。ゆえに職人は、自然と若者ばかりになっていた。
……ある時、数カ国が手を結び、我が国を潰そうと攻め込んできた。そして、技術を持つ若い者たちを標的にし、次々と殺すか、あるいは連れて行ってしまったのじゃ」
「そんな……それじゃあ、街に若い人がいないのは……」
ナターシャが息を呑み、アイリスを見た。アイリスは膝の上で、拳を白くなるほど強く握りしめている。
「アイリスは、我が国に残された唯一の若者じゃ。あの地獄のような日、偶然にも他国へ使いに出させていたおかげで、奇跡的に生き延びた……」
ゼインが腕を組み、冷徹な深紅の瞳を老人に向けた。
「……話が矛盾しているな。その国々の同盟とやらは、魔道具を作る者を絶やして戦を終わらせたかったのだろう?
ならば、なぜ若い職人を『連れ去る』必要があった」
「お前の言う通りじゃ、若き旅人よ」
老人は自嘲気味に首を振った。
「後から分かったことだがな……奴らの大義名分は『魔道具を絶やすこと』だった。
それなのに、連れ去られた若者たちは、その国々が戦を優位に進めるために、奴らの足元で無理やり魔道具を作らされていたのだ。
平和のためなど真っ赤な嘘。我々は他国の都合のいいように使われ、使い捨てにされた国だったのだよ」




