魔道具の街
私たちは、あちこちに小石が転がる緩やかな坂道を下り、街を囲む石造りの門をくぐった。 国というよりは小さな街がそこにぽつんとあるような感じで、古い建物が立ち並ぶ。
ちゃんと市場もあるようで、それなりに賑わっている。だが、よそ者があまり来ないからなのか、通り過ぎる人々に好奇の目で見られている気がした。リオールやナターシャはそれに気付くことなく、周囲を上から下まで面白そうに見回していた。
しばし歩くと、あることに違和感を覚える。通行人を盗み見しながら、そっとゼインに囁く。
「ねえ、ゼイン……なんか……」
「……ああ、気づいたか」
ゼインは前を向いたまま、低く短い声で応じる。その横顔はすでに険しかった。
街の通りには、それなりに人が行き交っている。荷物を運ぶ荷車もあれば、小綺麗なお店も並んでいて、一見すると活気のある普通の街だ。
けれど、決定的な違和感があった。
――若い人がいない。
すれ違うのは、白髪の老人や、腰の曲がったお婆さん、そして杖を突いた年配の人ばかり。
私たちの国ならすぐに目につく、元気に走り回っている子どもたちや、買い物をして笑い合う若者の姿が、どこを見渡してもまったく見当たらないのだ。
すれ違う老人たちは、私たちの姿を見ると、怯えたような、あるいは何かを哀れむような複雑な視線を一瞬だけ向け、すぐに顔を伏せて足早に去っていってしまう。
まるで、若い人間がここにいること自体が「異常」であるかのように。
「話を聞く必要がありそうだな……」
私はゼインの言葉に頷きながら、ふとあることを思い出し、興味津々で街をキョロキョロと見回しているリオールに声をかけた。
「リオール、ミサンガ持ってる?」
「持ってるよ!」
リオールはニコニコと笑い、ポケットからそれを取り出して見せてくれた。
青いミサンガ。何か模様が刻まれているが、私にはよくわからない。
「これ、少しの間、借りてもいい?」
「うん!」
リオールはなぜ私がそれを借りたのか疑問を持つ様子もなかった。ナターシャの元へ戻り、手を繋いで二人で楽しそうに通りを歩き始める。
もし、ここが魔道具を作る国だとしたら、このミサンガについて何か知ることが出来るかもしれない。
ゼインの言うとおりであれば、ミサンガを作ったのはここの国の者であったリオールの母親ということになる。ミサンガの手がかりを辿って、すでに亡くなっているという母親のことが少しでも分かればいいのだが。
「すみません」
通り過ぎようとする老婦人に声をかける。白髪で穏やかな表情のその女性は嫌な顔一つせず、足を止めてくれた。
「何でしょう?」
「このミサンガについて何か知りませんか?」
そう言いながらミサンガを手の上に乗せ見せた。
老婦人は「えぇっ!?」と声を上げ、すぐに周りの者たちに四方に手招きをし始めた。
「みんな! ちょっと来ておくれ! これを見なさい!」
彼女の呼びかけに、あっという間に大きな人だかりが出来上がる。 離れたところでやっとこちらの異変に気付いたリオールとナターシャが、何事かと心配そうにこちらを気にしているのが見えた。
集まってきた皆が、代わる代わる私の手のひらのミサンガを食い入るように見つめる。中には手を合わせ祈りを捧げる人すらいた。
すると、その人だかりの中から、杖をつきながら、上品そうな老婦人が歩み出て来た。しわくちゃの顔に涙を浮かべ、私の目を見つめてくる。
「間違いありません。これは我々の国の者が作ったミサンガです。
これをあなたが持っているということは、あなたはアリアの……?」
「アリア……?
あ、いえ! 私の物ではありません。あそこにいる、少年が付けていた物です」
それを聞いた老婦人が、おぼつかない足取りでリオールの方へ向かう。そして、リオールの目の前に立ったかと思うと、彼の小さな手を両手で握りしめ、その場に泣き崩れた。
「よかった……よかった無事で……」
老婦人の大粒の涙が、握りしめられたリオールの手にポロポロと降りかかる。 突然のことに驚き、戸惑った顔で立ち尽くすリオール。私は老婦人の背中を追って、その様子を少し離れた場所から見つめていた。
ひとしきり泣いた老婦人は、ゆっくりとリオールを見上げた。
「アリアは……あなたのお母さんはね、私の孫なのよ」
「え……」
リオールが大きな目をさらに見開いた、その時だった。
ゾクッ、と肌を刺すような鋭い殺気を感じ、反射的に後ろを振り返る。
風を切り裂く不気味な音。 真っ直ぐにこちらへ向かって飛んできたのは、一本の鋭い矢。
私は声を上げる暇もなく、無我夢中でその場に身を伏せた。鋭利な矢が頬のすぐ横をかすめ、髪の毛が数本ふわりと舞う。避けるだけで、本当に精一杯だった。
しかし、矢の狙いは私ではない。驚きで立ち尽くしているリオールへと向かって、矢はなおも猛スピードで突き進む。
叫ぼうとした私の視界を、黒い影が遮った。
ガキィンッ!!! 激しい金属音が響き渡る。
ゼインが凄まじい速さで割り込み、抜刀した剣で、リオールの顔めがけて飛んでいた矢を寸前で叩き落としたのだ。火花が散り、へし折れた矢が地面に転がる。
「下がっていろ」
ゼインがリオールと老婦人を背中に隠すように立ちはだかり、低く鋭い声で言った。その深紅の瞳は、すでに矢が放たれた方向を冷徹に捉えている。
矢が放たれた通りの陰から姿を現したのは、一人の女性だった。
老人ばかりの街において、明らかに異質な、私と同じくらいの若い女性。彼女は手にした弓に素早く次の矢を構えながら、私たちを激しい敵意のこもった目で見ていた。




