メアリーの旅路
木々が生い茂り、昼間でも太陽の光が少ない薄暗い森の中を四人は歩いていた。強い風が吹くと、一気に葉がザザーッと音を立てて落とされてくる。草が多いためどうしても手で避けながら進まねばならない。草の匂いが身体中に付き纏う。
歩きながらゼインが近付いて尋ねてきた。
「そう言えば、魔力を抑える石はどうしたのだ?」
「ああ、それならここに……」
言いながら、懐から鈍く不気味に光る小石を取り出して見せる。
「あの戦いの間もか!?」
ゼインが目を見開く。普段冷静なゼインの驚く表情が意外で、逆にこちらが驚いてしまう。
「え……うん、ずっと……」
「と言うことは、魔力を封じられているのに関わらず、魔剣で魔力を操っていたのか……」
「……ああ、確かに。あの時はそれどころじゃなくて何も考えてなかったけど、そうかもしれない……」
セインが驚いた顔から、遠くを見つめ考え込む表情に変わる。
「そうか……なるほど……」
「え? 何が?」
「魔力封じの石を持っていたから、アーシュにあんなに近付いても闇の魔力の影響がなかったのかもしれないな……」
「え? 闇の魔力は他の人間に影響が及ぶの……?」
驚きのあまり声が裏返る。思わず足を運ぶ速さが遅くなった。ゼインは私の動揺に気付いたようで、そっと歩調を合わせてくれている。
「ああ……、人間だけじゃない、動物にも、植物にも生きている全てのものに影響は及ぶだろう……」
ゾッとして思わず呼吸を止めてしまう。薄暗さの中に恐怖をを演出する木々の動きが止まったように感じた。
黒く燃えていた城の光景が、たった今見た景色のように鮮明に思い出される。まだあの鼻を覆いたくなるような禍々しい匂いさえ、まだ鼻の奥に残っている気がする。
ゼインは私に視線を落としながら優しく低い声で語りかける。
「そんな顔をするな。お前を怖がらせるつもりで言ったんじゃない」
その言葉にハッとして、自分が拳を強く握りしめていること、そして手のひらがじっとりと汗ばんでいることに気付く。
「城を思い出せ。あの黒い炎は湖を越えなかった。あれは、アーシュ自身が必死に魔力を抑え込もうとしていたからかもしれない。あの魔力量なら優に国全体を包み込んでしまうことも出来た筈だ」
「本当!?」
ゆっくりだった歩調を止めてしまい、思わずゼインの袖を強く掴む。視界が歪み、涙が自然と溢れてくる。
「まだ……まだ、間に合……うってこと……?」
涙声の消えそうな声が、うるさい木々のざわめきにどれだけ伝わったかわからなかった。
心のどこかで思ってた。もう間に合わないんじゃないか、戻っても意味がないんじゃないか、私たちのやっていることは無意味じゃないのか……
祈るような思いでゼインを見上げると、深紅の瞳と視線が重なる。
「そうだ」
ゼインのゴツゴツとした大きな指先が頬を伝う涙を拭ってくれる。その温かさが不安をゆっくりと溶かしていく。
「必ずアーシュを助け出そう。お前はそれだけ考えろ。
……俺は命に代えてもお前を守る」
「……うん。ありがとう、ゼイン」
私は小さく頷き、もう一度だけ彼の袖をぎゅっと握りしめ、ゆっくりと手を離した。
「わっ!! 見て!!」
背後にいたリオールが子供らしい高い声を上げ、私たちを追い抜かし先頭に走っていく。それを見たナターシャもそれを追って駆け足で私たちの間を通り抜けて行った。
二人の行った先を見ると、行く手を塞ぐように生い茂っていた不気味な木々の密度が徐々に薄くなり、頭上を覆っていた黒い葉の隙間から、眩しい太陽の光が差し込んでくる。
二人が立ち止まった場所にまで追いつくと、視界は一気に開けた。子供たちはそのまま食い入るように辺りを見回している。眼下にはさほど大きくない街が広がっていた。
久しぶりの太陽の光と、温かい緑の匂いが懐かしく感じられた。
よくその街を観察すると、違和感を覚えずにはいられない建物があった。見るからに硬そうで冷たく光る灰色の壁。そこに煙突のような物が数本立っている。
「あそこで魔剣を作ることが出来るのかな……」
ゼインの横顔を見上げると、同じようにその建物を見ているのがわかった。
「そうかもしれんな……」
不意にその深紅の瞳をこちらに向け、目を細める。
「では行こうか。」
私は腰に差している魔剣を力強く握りしめた。




