アリアの生き様
「僕のお母さんは? どうなったの?」
大人の重苦しい声ばかりが響く中、少年の澄んだ声が部屋の空気に溶けていく。
リオールには以前、母親はもう亡くなっているのだろうと伝えてあった。だから敢えて「どこにいるの」ではなく、「どうなったの」と聞いたのだろう。
リオールが捨てられた時から身につけていた、あの青いミサンガ。それは母親が自らの命と引き換えに、凄まじい魔力を込めて作った代物だった。
どんな怪我も毒も、魔剣で斬ることで治すことができる。その奇跡の力があったからこそ、今、リオールはここに生きているのだ。
沈黙のなか、アイリスが静かに話しだした。
「姉さんは、みんなを守ろうと必死だった。さっき、若い人ばかりが連れて行かれたって聞いたでしょう?
……連れ去られたのは、大人の若者だけじゃない。生まれたばかりの赤ん坊もよ」
「なんて酷い……」
私は思わず、心の声を漏らしてしまっていた。
「年寄りは若者になれないけれど、赤ん坊は成長していつか若者になる。奴らは職人の血を絶やさないために、子どもまで奪ったの。だから……」
アイリスはリオールをじっと見据え、言葉を続ける。
「姉さんはね、あなたを産んだばかりの、まともに動けない身体で敵をおびき寄せたの。他の若者たちを逃がすために。その時、腕にはあなたを抱いていた。布にくるまれたあなたは、周りで何が起きているかも知らずに、ぐっすりと幸せそうに眠っていたそうよ」
当時の凄惨な情景がありありと脳裏に浮かび、視界がじんわりと滲む。
すぐ隣に座っているリオールも、同じように瞳に大きな涙を溜めていた。私はそっと、彼の小さな肩を抱き寄せた。
「捕まる直前、姉さんは持てるすべての魔力をそのミサンガに込めた。そこへ、使いに出ていた私が戻ってきたの。倒れて動けなくなっていた姉さんは、まだ子どもだった私に、赤ん坊のあなたを託したわ。
『この子を、今からここを通る馬車に乗せて』って。その馬車が【子ども捨て村】に向かうものだと、姉さんは知っていたのよ。大勢の捨て子の中に紛れ込ませれば、敵の目から隠せると思ったのね。
そして、私にもその中に隠れて逃げろと言った」
アイリスは溢れ出る涙を、その都度、拳で乱暴に拭いながら話を続ける。
「でも……私は姉さんのことが気になって仕方がなかった。だから、赤ん坊のあなただけを馬車に乗せて、すぐに姉さんの元へ引き返したの。
……だけど、戻ったときには、もう姉さんは息をしていなかった。姉さんが命をかけて守ろうとした他の若者たちの姿も、すでになかったわ。
あの時、姉さんが守り抜くことができたのは……
私と、あなただけだったのよ」
アイリスがそう言い終わると同時だった。
リオールが私の胸に飛び込んできて、ワッと声を上げて泣き出した。私はその小さな身体を、折れそうなほど強く抱きしめる。私の目からも堪えきれない涙が溢れ、リオールの背中を伝って床へと落ちていった。
――これは、母親が死んだショックから流している涙ではない。
母親に、これ以上ないほどに『愛されていたことを知った、喜びの涙』なのだ。
初めて出会ったとき、リオールは冷めた目でこう言っていた。『大人は罪悪感なく僕たちを捨てるんだ。罪悪感があれば、捨てたりなんかしない』
自分に愛なんて注がれているはずがないと、この子は思い込んで生きてきたのだろう。
けれど、真実は違った。彼が知らなかった過去は、あまりにも深い愛で満たされ、溢れかえっていたのだ。
『僕の家族や仲間がどうなっていたとしても、小さい頃の記憶がない僕は傷つかないよ。どんな風に思えたらいいのかも、わからないし』
そんな風に、強がって笑ったこともあった。
けれど、記憶のないはずのこの小さな身体は今、誰よりも深く傷つき、同時に大きな救いを得て、激しい悲しみの底で泣きじゃくっている。
私はリオールが落ち着くまで、その小さな背中を何度も、何度も優しくさすり続けた。
しばらくすると、彼は自分からゆっくりと身体を離し、「ありがとう。もう大丈夫」と、泣き腫らした目で力強く笑ってみせた。
――そっか。本当に、もう大丈夫なんだね。
この子は今、世界で一番温かい「無償の愛」を知った。愛を知っている人間と、知らない人間とでは、心の強さに天と地ほどの差がある。
『この子は、もう何があっても大丈夫』
胸の奥で、確信が持てた瞬間だった。




