小さき者の大きな決意
この国に来た目的は、いくつかあった。
リオールに故郷を見せること。私の折れた魔剣の代わりを見つけること。そして、ナターシャに新しい杖を見つけてあげること。
だが、この凄惨な事実を知ってしまった今、そんな目的を口にできる訳がなかった。
魔道具を生産したことによって、あまりにも多くの悲劇に見舞われた人々。その人たちの前で「また魔道具を作ってくれ」などと頼むことは、声に出すことすら憚られる。
どんな犠牲を払ってでもアーシュを助け出すと、あの森の中で強く誓ったはずなのに、実際に苦しんできた人々の生の声を聞くと、どうしても決意が揺らいでしまう。
そんな自分への焦燥感から、強く握りしめている自分の手が、じっとりと汗ばんでいることに気がついた。
隣のゼインに視線をやると、珍しくその深紅の瞳に迷いの色が浮かんでいた。おそらく、彼も私とまったく同じことを感じ、激しく葛藤しているのだろう。
すると、私たちの心をすべて読み取ったかのように、長老が静かに口を開いた。
「それで? あなた方の目的は、やはり魔道具ですか?」
突然、核心を突かれて全身の動きが止まる。
周りにいた他の老人たちがざわめく。
「……どうして、そう思われるのですか?」
私は肯定も否定もせず、かろうじてそれだけの疑問を投げ返した。
「我が国は、他国に攻め込まれたあの日の経験から、常に他国の動きを把握するようにしております。
……あなた方の国が今どうなっているのか。あるいは、あなたの魔剣が折れてしまったことまで、我々は知り尽くしていますよ」
心臓がドクンと大きく脈打つのが分かった。
――これ以上、隠し通せる訳がない。
私が沈黙を破り、口を開こうとしたその瞬間、隣のゼインが先んじて話し出した。
「長老殿、あんたの言う通りだ。我々は折れた魔剣の代わり、そして動物を操る少女が使う新しい杖を探しにこの国へ来た」
「承知した」
迷うことなく、あっさりと受け入れられたことに、私は逆に不自然さを覚えた。
そんなに簡単に、私たちの目的を認めてくれるはずがない。
「その代わり……」
やはり、そう簡単にはいかないのだ。「その代わり」という言葉を聞いたとき、私は恐怖よりも、むしろその言葉をどこかで待っていたような気さえしていた。
私たちは息を呑み、老人の次の言葉を待つ。
「アリアの子を、私たちの元へ返してくだされ」
その言葉が発せられると同時に、長い眉の奥で、長老の瞳が鋭く光るのが分かった。
「リオールを……?」
思わず呟き、隣のリオールに目をやる。彼もまったく同じタイミングで私を見上げたらしく、パッと視線が交差した。互いに激しく動揺しているのが、手を取るように分かった。
ゼインへと視線を移すと、彼もまた、険しい表情で私たちのことを見つめていた。
私たちの動揺をあらかじめ予想していたかのように、長老は平然と話を続ける。
「何も難しいことではないでしょう。もともと我が国で生まれた者を、元来いるべきはずの場所に返すだけのこと。
こんなに自然で、簡単なことがありましょうか。それに、我が国からは若者が消えてしまった。一人でも、若者の血は貴重なのです」
この国の現状を考えれば、長老の言う通りなのだろう。国を復興させるためにも、若い力が必要なことは一目瞭然だった。
だからといって、リオールと離れる……?
この子と離れ離れになることなんて、私は想像すらしていなかった。
――嫌だ、離れたくない。
けれど、そんな風に思うのは、私のただの我儘でしかないのだろうか。
「わかりました。僕がここに残ればいいんですね」
リオールの澄んだ声が、部屋一面に静かに染み渡る。
「待って、リオール!! そんなに簡単に決めないで!!」
「やめろ、メアリー」
ゼインが、低く短い声で私を遮った。
「こいつは、簡単には決めてないようだぞ」
ゼインの言葉に弾かれたように、私はリオールへと改めて目をやる。
彼の紫色の瞳には溢れんばかりの涙が溜まり、今にもこぼれ落ちそうだった。だが、彼はそれを必死に堪えようと、奥歯を強く食いしばっている。膝の上で握りしめている小さな拳は、微かに、けれど激しく震えていた。
そして、リオールはゆっくりと私を見上げる。
「僕がここに残れば、メアリーの魔剣が手に入るし、ナターシャも新しい杖をもらえる。
……だから、これが一番いいんだ」
言葉を発するたびに、堪えきれなくなった大粒の涙がポロポロとこぼれ落ち、握りしめた拳の上にポツポツと降りかかっていった。




