正しい答えと提案
「嫌です!! 離れたくない!!」
私の口から、反射的にそんな言葉が飛び出していた。
リオールはハッとしたように目を見開き、驚きと困惑の混ざった表情で私を見つめてくる。
そんな私に、ゼインが諭すように、だが真っ直ぐな声音で言い放った。
「いい加減にしないか、メアリー!
お前が自分の感情だけで動くせいで、リオールが自分で下した覚悟の答えを、無下にしようとしているんだぞ!!」
「あ……」
ゼインの鋭い言葉に射すくめられ、息が詰まる。
すると突然、長老が豊かな白い髭の隙間から黄色い歯を覗かせ、声を上げて笑い出した。
「ハッハッハ……!
なんと情けない娘じゃ。
一国の王女の発言とは到底思えんな」
長老の笑い声がピタリと止まり、部屋の空気が凍りつくような冷徹な眼光が放たれた。
「自分たちは何も交換するものを差し出さず、我が国の魔道具だけを寄こせとは……
やっていることが、山賊どもと全く同じではないか!
――恥を知れ!!」
長老の言うことは、何もかもが正しかった。
だからこそ、私は何も言い返すことができなかった。
膝の上に置いた拳にぎりぎりと力が入り、じっとりと汗ばんでいくのが分かる。鼓動は激しく跳ね上がり、恥ずかしさと情けなさで顔が熱くなっていく。
それとは裏腹に、冷たい汗が背中をツッと伝い落ちていった。
私はただ、悔しさに震える自分の拳をじっと見つめることしかできなかった。
しばし、重苦しい沈黙が部屋を満たす。ゴクリと唾を呑み込む音さえ、周囲に聞こえてしまいそうなほどの静寂だった。
その張り詰めた空気を切り裂くように、長老の隣に座っているアイリスが口を開いた。
「長老。では、交換するものを彼らに差し出してもらいましょう」
長老は長い眉の奥から、アイリスの方へと軽く顔を向けた。
「それは何じゃ?
誰か一人の命とでも引き換えにするか?」
長老は、小馬鹿にしたようにフッとほくそ笑む。
しかし、アイリスは長老の顔を見返しながら、同じように不敵に笑ってみせた。
「それもいいですね。ですが、せっかくなら簡単に殺してしまうより、その命を有効活用させてもらいましょう」
アイリスは目を細め、その妖艶な笑みを見せつけるように長老へと言い放った。
「彼らを――【死の谷】へ行かせましょう」
周りの老人たちからワッと驚きの声が上がり、一気にざわめきが広がった。この凄まじい反応だけで分かる。決していい話ではないのだ。
膝の上の拳に、自然とさらに力が籠もる。
ゼインへと目を向けると、彼は長老の姿をじっと凝視していた。彼もきっと分かっている。その先に、とてつもない危険が待ち受けているということを。
長老は満足そうに、高らかに笑い声を上げた。それに合わせるように、アイリスもまた不敵な笑みを浮かべる。
「それはとても良い提案じゃ。さすがはアイリス、機転が利く」
長老は嬉しそうにそう言うと、再び私たちへと鋭い視線を向けた。
「アイリスの提案通り、お前たちには【死の谷】へ行っていただこう。そこで、魔道具を作るための究極の材料――光り輝く『魔導石』を取ってくるのじゃ。
……その名の通り、かつてそこへ赴き、生きて戻ってきた者はおらん。だが、もしその石があれば、我々は材料を取りに行くことなく、半永久的に魔道具を作り続けることができるようになる」
そこへ行けというのは、実質「死ね」と言っているようなものだった。この場にいるすべての者が、その冷酷な本音に気づいているはずだ。
そして、長老は言葉を続ける。
「もし、その石を我が国へ持ち帰ることができたなら……お前たちの運の強さと、揺るがぬ意志に免じて、その子をそなたらに『差し上げよう』」
――差し上げる。 我が子のように大切なリオールを、まるで「物」のように扱うその言い方に、私の胸の奥で激しい苛立ちが燃え上がった。
すると、アイリスが長老の言葉を引き継ぐようにして、一歩前に出た。
「人間の足で行けば、往復するだけで数ヶ月はかかるでしょうね。ですが……あなた方には、動物を操る者がいるとお聞きしました。
ということは、当然『ドラゴン』をも従えることができるはず。ドラゴンの背に乗って空を飛べば、数日で目的の地へ着くでしょう」
アイリスは私たちの表情を一人一人、値踏みするように確かめていった。
また長老が髭の合間から微笑みを僅かに見せる。
「我々年寄りにはできないことが、あなた方にはできる。
……さあ、どうする?」
挑発的な言葉を受け、ナターシャは自分の魔導杖を体の前に引き寄せると、それを力強く握りしめた。その凛とした横顔を、リオールが心配そうな目で見つめている。
どうするかと尋ねられているものの、私たちに選ぶ権利など、実質最初から残されてはいなかった。
――行くしかない。こうするしか、リオールと離れずに済む方法はないのだから。




