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異世界転生した看護師の規格外な冒険物語 ※なお、スキルに頼れたのは最初だけ(悲)〜冒険編〜  作者: VANRI


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旅立ち前の覚悟

「行きます!!」


 私の叫び声に反応し、周囲の老人たちから歓声――ではなく、地を這うような動揺の声があちこちから漏れ聞こえた。


 私は長老の顔を真っ直ぐに見据え、言葉を重ねる。膝の上で握りしめた拳は、まだ微かに震えていた。

自分の心臓のバクバクという激しい鼓動が、耳の奥にまで直接響いてくる。

 鼓動が速くなるにつれて呼吸も浅く荒くなっていく。


 私はそれを落ち着かせるように、目の前の空気を大きく、深く吸い込んだ。


「そして――必ず生きて戻ってきます!!」


 長老は「ふむ……」と低く呟くと、深く頷いて再び口を開いた。


 「ただし、その子はここに置いていかれよ」


 もう、ここまでくれば驚きもしなかった。

 むしろ、連れて行かなくて済むのならその方が有り難い。

 自分の命よりも大切な我が子を、決して危険な目に遭わせたくない――そう願ったであろう、母親アリアの当時の気持ちと今の自分が重なる気がした。


 長老たちは、私たちが無事に戻ってこなくてもいいと思っているのだろう。

 彼らはただ、リオールさえ手に入ればいいのだ。

目の前で無理やり私たちを殺したりすれば、リオールが絶対に国に従わないことは目に見えている。

 だからこうして大義名分を掲げることで、堂々と私たちをこの国の外へ追い出そうとしているのだ。


 この国の人々が他国を恨む気持ちは、これまでの歴史を鑑みれば計り知れない。だから、この冷酷な対応も仕方のないことなのだと、自分に言い聞かせた。


 長老の瞳や口元は見えなかったが、白髭の細かな動きで、彼が不敵な笑みを浮かべているのが分かった。 老人は、後ろに控える老人たちには聞こえないほどの細い、掠れた声で囁いてくる。


「……本当に、できると思っておるのか?」


 私の決意を揺さぶり、絶望させたくてそう言っているのは明らかだった。その意地悪な質問は、意図された通りに私の心を締め付け、判断を鈍らせようとしてくる。


 ――その時だった。


 ゼインの、大きくて温かい手が、私の左肩をそっと、けれど力強く包み込んだ。


「そのために、俺がいるのだ」


 その低く迷いのない声が一瞬で部屋の空気を塗り替え、私の心を覆っていた恐怖を綺麗に吹き飛ばしていった。



 その夜、私たちは一つの古い家へと案内された。明日の出発までは、ここで過ごしていいということらしい。

 木格子の戸を開けると、鼻を突くかび臭さと埃っぽさが広がった。一目で、長い間まったく使われていなかったのだと分かる。天井の隅や足元には、何重にもなった蜘蛛の巣がいくつも張り巡らされていた。


 一歩歩くたびに、床板がギシギシと不快な音を立てて軋む。部屋の片隅に薄汚れた藁がたくさん敷き詰められている箇所があり、どうやらそこで眠るのだと察しがついた。


 しかし、そんな劣悪な環境など気にも留めず、リオールとナターシャは迷うことなく藁の山へと走っていった。そして、二人で一斉にそこへ顔をうずめ、わざとおどけて見せる。


 よく見ると、その藁も先ほどの長老の家のものとは完全に別物だった。あの一室にあった藁は、まだ新しく美しい緑の色を遺していた。

 けれど、ここに敷かれているものは、一体何十年間放置されていたのかも分からないほど年季が入っており、指先で少し触れるだけでボロボロと形を崩して溢れていく。


 決して広くはない部屋だったけれど、古い藁の山以外には何一つ家財道具がないおかげで、大人二人と子ども二人が入っても、まだ奇妙な余白があるように感じられた。


 まあ、暗い森の中での野宿に比べれば、幾分かはマシなのだろうか……。

 いや、今はそう思うしかないのだ。


 夜が深く更けてきた頃、私は持っていた短いロウソクに火を灯した。


 ゆらゆらと、爆ぜるように橙色の炎が揺れる。その光が揺らめくたびに、古い土壁に映し出された私たちの影も、不気味に形を変えて揺れ動いていた。


 リオールとナターシャは並んで藁の上に寝転がり、ゴロゴロと転がりながら、声を殺して笑い合っている。


 そっか……この温かい光景を見ることも、明日からはしばらくなくなってしまうんだ。


 もし、私たちが無事にあの谷から戻ってこられなかったら――これが、永遠の別れに……。


「メアリー」


 低く穏やかな声にハッとして我に返り、ゼインを見上げる。ロウソクの儚い灯火を反射しているせいだろうか、いつもは見入ってしまうほど冷徹な彼の深紅の瞳が、今夜はいつもよりずっと、優しい光を帯びて見えた。


「何があっても、お前を守る。

 ……そう約束したのを、もう忘れたか?」


 私は、言葉にならないままゆっくりと首を横に振った。


 ゼインはそれを見て、ふっと微かに口元を緩めると、大きな手を私の頭の上にそっと乗せた。

 その手のひらから直に伝わってくる確かな温かさが、私の胸を支配していた黒い不安を、じわじわと溶かしていこうとしてくれる。


 ゼインは優しく、愛おしそうに目を細めた。

 ただ、その眼差しを向けられるだけで、逆に胸が引き裂かれるように締め付けられ、熱いものが喉の奥まで込み上げてくる。

 視界が急激に涙で揺らぎ始めたので、私は慌てて下を向いた。


 ――泣いてはダメだ。これ以上、彼を心配させてはいけない。


 死の谷への恐怖、絶対に生きて戻るという誓い、そしてこの国の人々への複雑な想い……。

 色々な感情が心の中でぐちゃぐちゃに絡み合い、どうしていいか分からず、大声で泣き叫びたくなる。


 すぐ傍にあるゼインの優しい瞳を見つめていると、堪えていた感情のすべてが、今にも爆発してしまいそうだった。



 

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