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異世界転生した看護師の規格外な冒険物語 ※なお、スキルに頼れたのは最初だけ(悲)〜冒険編〜  作者: VANRI


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夜の来訪者

 外を吹き荒れる激しい風が、木の戸をガタガタと不気味に揺らしていた。


 だから、その音が外からの「ノック」であると気づくまでに、少しだけ時間がかかってしまった。


「すみません……」


 戸の向こうから、女性の細くて消え入りそうな声が、風の咆哮に混じって聞こえてくる。


「……ちょっと見てくる。ここで待っていろ」


 ゼインは静かに剣を手にして立ち上がり、戸口へと向かった。彼が立った瞬間、衣服が擦れる微かな風が私をかすめる。

 奥で遊んでいたリオールとナターシャも何事かと寝そべっていた身体を起こし、二人で身体を寄せ合いながら、警戒するようにゼインの広い背中を見つめていた。


 ゼインは腰の剣をいつでも抜ける状態に構えたまま、慎重に戸を細く開けた。

 その瞬間、隙間から冷たい外風がびゅうと家の中を駆け巡る。私の髪がふわっと宙に浮かされ、床の古い藁が簡単にパラパラと宙を舞った。


 戸が開いたというのに、ゼインの身体があまりにも大きく立ちはだかっているせいで、ここからは戸の向こうの様子が全く分からない。何やら女性と小声で話しているようだったけれど、風の音に掻き消されてよく聞き取れなかった。


 けれど間もなく、ゼインが腰の剣からすっと手を離した。

 ――その動きで、戸の向こうの相手が危険ではないのだと分かり、少し緊張の糸が緩む。


 私が目が離せず、ゼインの背中を見つめていると、彼の大きな身体の向こうから、昼間見かけたあの年老いた女性たち数名が静かに姿を現した。


 老婦人たちがゾロゾロと入ってきた途端、部屋の中の密度が一気に増し、急に狭くなったように感じられた。

 蝋燭の儚い火が彼女たちを不気味に照らし、古い土壁の背後に、黒く細長く揺れる影をいくつも作り出していく。


 その女性たちの中から、アリアの祖母である、あの老婦人が一歩前へと歩み出てきた。

 彼女は昼間の温和な表情とは違う、ひどく深刻な顔をしながら私に近づいてくると、深々と頭を下げた。


「アイリスに頼まれて、夜更けにやって参りました。

 ……『これを、動物を操れるあの少女に渡してほしい』と」


 老婦人はそう言うと、後ろに控えていた女性から一本の立派な魔導杖を受け取り、私の前にうやうやしく掲げた。そのまま、老婦人が話し出す。


「この杖は……」


 あまりにも話が急展開していくので、私の頭の理解が追いつかない。私は思わず、目の前の老婦人を制するように両手を挙げた。


「ちょっ……ちょっと待ってください! アイリスに頼まれた、ですか……?

 アイリスは、昼間私たちを殺そうと【死の谷】へ追いやろうとしたのではないのですか?」


 私の問いかけに、老婦人は一瞬だけ驚いたような顔をした。けれど次の瞬間、ふっと目元をしわくちゃにして優しく笑った。


「いえいえ、とんでもない。アイリスがあそこで【死の谷】の話を持ち出したのは、あなた方が誰にも怪しまれず、いつでもこの国から逃げ出すことができるようにするためですよ。

 大方、あなた方が安全な場所まで逃げ延びたのを確認した後に、リオールをこっそり合流させるつもりだったのでしょう」


「アイリスが……」


 すべては私たちを逃がすための優しい嘘だったのだと知り、胸の奥がじんわりと熱くなる。


「今、アイリスは……?」


「長老の傍に付き従い、怪しまれないよう監視しております。

 ……長老はこの国の象徴のようなものであり、今のあのお方は、ただの飾りにすぎません。自分自身では身軽に動くことすらままならない。

 人に命じ……いえ、そんな偉そうなものではありませんね、人にお願いして動いてもらうことでしか、自分の希望を叶えられない、哀れな老いぼれです」


 老婦人はそこで話を区切ると、今度は輝くような笑顔で私を見上げてきた。


「だから!! 死の谷なんて恐ろしい場所へ、わざわざ行く必要はどこにもないのです!!

 明日の朝、死の谷へ向かうフリをして、そのまま遠くへ逃げてしまえばいいだけなのですから!!

 少しでも早くこの国から離れるためにも、ドラゴンを使った方が良いでしょう。

 だから、この杖を……!!」


 老婦人はそう捲し立てると、私の顔の前にぐいっと杖を突きつけてきた。


 彼女の言葉が、私の心の中に複雑な感情の嵐を巻き起こす。

 この優しい提案通りにすれば、私たちは傷つくことなく、無事にリオールを連れて逃げることができるだろう。


 だが――私たちが逃げ去った後、この国はどうなるのだろう。魔道具の材料が完全に枯渇し、若者もいなくなれば、本当に世界から静かに消滅してしまうのではないだろうか。


 もし、その『魔導石』があれば、また他国に不当に攻め込まれた際にも、対処できる武器や国を防御できる結界の道具が作れるかもしれない。簡単に攻め落とすことができない国だと周囲に知らしめることができれば、あのアリアさんのような悲劇は、もう二度と起こらないはずだ。


 それだけではない。何も戦うための武器でなくとも、人々の生活に役立つ便利な魔道具を生産できれば、それを買い求める他国の商人も増えるはず。


 この国がかつての活気と潤いを取り戻すためには、その魔導石は必要不可欠だと言えた。


 私は一つ、大きく呼吸をして、心の中で言葉を慎重に選びながら、ゆっくりと吐き出した。


「お婆様、とても有り難いお話です。

 ……ですが、私たちはやはり【死の谷】へ行こうと思います」


「ええっ!?」


 老婦人は目を見開き、あまりの驚きに手に持っていた杖を落としそうになった。慌てて杖を胸元へ抱きかかえ直す。


 一部始終を息を呑んで聞いていた後ろの女性たちも、一斉に身を乗り出し信じられないものを見るような視線を私へと次々に向けてきた。




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