紡がれる絆と職人の心
老婦人たちが動揺とざわめきを抑えきれず、一気に部屋の中が騒がしくなった。
ふとリオールやナターシャに視線をやると、二人は背中を古い土壁に預け、藁の上からぼんやりとこちらの様子を眺めていた。
けれど、張り詰めた大人の会話には少し退屈してしまったのだろう、眠そうに小さな目をこすったり、大きなあくびを噛み殺したりしている。
そんな喧騒の中、ゼインがその大きな身体を老婦人たちと私の間にすっと割り込ませた。
彼の圧倒的な存在感に気圧されるようにして、お婆さんたちのざわめきがみるみる弱まっていく。
ゼインは彼女たちをなだめるように、よく通る低い声を部屋に響かせた。
「あんた方は、ただ俺たちの身を案じてくれているのだろう? それならば何も問題はない。
……俺がいるからな」
不敵に口元を緩めるその表情は、決してただのはったりなどではなく、己の実力に対する絶対的な自信の表れに見えた。
「ですが……あそこは【死の谷】なのですよ……?」
なおも不安げに眉をひそめる老婦人の前に、細く白い手がすっと差し伸ばされた。
「貸して。その杖」
さっきまで眠たそうに虚ろな目でこちらを見ていたはずのナターシャが、いつの間にかすぐ傍まで歩み寄ってきていた。
その瞳は、獲物を見つけた肉食獣のように爛々と輝いている。
老婦人は圧倒されながら、胸に抱きかかえていたその杖を、恐る恐るナターシャのほっそりとした手へと手渡した。
受け取った瞬間、杖に刻まれた美しい魔導式が淡く脈打つように光を放ち、ナターシャの黒く美しい髪がその魔力の風でふわりと浮き上がる。
「凄い……!!」
ナターシャの口から、感嘆の溜め息とともにその一言が漏れ出た。
彼女のその一瞬の反応だけで、目の前にある杖が、私たちの想像を遥かに超える凄まじい逸品であるということが痛いほど伝わってきた。
「ああ……何ということじゃ……」
杖を手渡した張本人である老婦人さえ、そこに秘められた威力の凄まじさを肌で感じずにはいられなかったのだろう。
圧倒されたまま私の方へと顔を向けた彼女の、シワシワの表情はとても美しく、どこまでも優しかった。
その瞳には、今にも溢れ落ちそうなほどの涙が溜まっている。
「これは……あの子が……アリアが最後に作り上げた杖なのです。『攻撃するためではなく、大切な人を守るために使われてほしい』と、あの子は常々申しておりました。
その杖が……ああ、あんなにも喜んでいる……」
老婦人は震える両手で自分の顔を覆った。手の隙間から、堪えきれなくなった涙が次から次へと零れ落ちていく。
私はたまらず歩み寄り、自分の右手をそっと老婦人の背中に添わせて優しくさすった。
初めて出会ったとき、ナターシャは古びた杖一本だけで、同時に三匹ものドラゴンを見事に操ってみせた。それなのに、この素晴らしいアリアの杖を手に入れた今、彼女は想像すらつかないほどの強さを手に入れたに違いない。
嬉しそうに杖を馴染ませるナターシャの様子を見つめながら、私の胸を支配していたあの暗い不安が、少しずつ、確実に溶けていくのを確かに感じていた。
ナターシャは本当に愛おしそうに新しい杖を胸に抱きかかえている。すっかり眠気が吹き飛んだリオールは、自分もその杖に触らせてもらいたそうな身振りをして、ナターシャの横をぴったりと離れようとしない。
ゼインはそんな彼らの姿を、満足そうに穏やかな表情で見つめていた。
老婦人はひとしきり泣いた後、涙を拭って、落ち着いた様子で再び私に顔を向けた。
「……お嬢さん。あなたのその、折れた魔剣を一度私たちに預けてはくれませんか?」
「私の……剣をですか?」
予想もしなかった言葉に驚く私に、老婦人は優しく目を細めて言葉を続ける。
「この先、何かあったときのために折れた剣本体も必要でしょう。ですから、戦闘に支障のない、欠けた刃の一部だけで構いません。我々がそれを元に、新しい魔剣を作り上げます」
「え……!? そんなことが……本当に可能なのですか!?」
「私たちは、無駄に歳をとってはおりませんよ」
老婦人は誇らしげに胸を張ってみせた。後ろに控える他のお婆さんたちも、職人の顔になって力強く頷いている。
「若い人に比べれば、仕上がりは少し遅くなってしまいますがね……技術の質に関しては、決して彼らには負けません。あなた方が無事に死の谷から帰ってくる頃には、世界に二つとない素晴らしい魔剣をご用意しておきますよ」
驚きと共に、胸の奥から熱い感情が突き上げてきた。
「ですが、なぜ……。あなた方は、どうして私たちにこんなにも親切にしてくださるのですか?
長老様がおっしゃった通り、私たちは何一つ、交換できるものを渡せないというのに……」
私の問いかけに、老婦人は瞳をキラキラと輝かせ、遮るように首を振った。
「何をおっしゃいますか!!
アリアの子が生きていてくれた、それだけで私たちにとってはこれ以上の幸せはないというのに……
あなた方はこうして、命がけでこの国まで連れてきて、私たちに会わせてくださったではありませんか!!
それだけで、私たち老人にとっては、何物にも代えがたい最高の価値があるのですよ」
その言葉を聞いた瞬間、私の胸の奥に溜まっていた苦しみが、一気に洗い流されていくような気がした。
私たちの歩んできた旅は、この人たちにとって決して無価値なんかじゃなかったのだ。
「……ありがとうございます」
私は深く、深く頭を下げた。涙が溢れそうになるのを堪えながら、腰の魔剣の鞘から、かつての戦いで欠けてしまった刃の破片をそっと取り出す。
「私の、大切な魔剣の欠片です。
……よろしくお願いします」
老婦人は「確かに預かりました」と、愛おしそうにその破片を布に包んだ。
老婦人たちはナターシャに杖を託し、私たちの無事を祈りながら、静かに古い家を去っていった。




