おかえり
「お前、は……っ!!」
アーシュがアストラの形見の長剣を振り下ろす。私はそれを左手の魔力封じの魔剣でガギィィィンッ!!! と完璧に受け止め、手枷のアンチ魔力で彼の黒い炎を強引に相殺してみせた。
至近距離で、刃と刃が激しくきしみ合い、激しい火花が私たちの顔を白く照らし出す。
アーシュの真っ黒な瞳に、必死に手を伸ばす私の姿が、真正面からハッキリと映し出されるほどの距離。 その、視線が交わった刹那――。
私は、彼の底なしの闇に染まった瞳の、そのすぐ奥に、私と同じあの優しくて、深い【緑色の光】が、消えそうになりながらも必死に私を見つめて脈打っているのを、確信した。
――まだ、間に合う……!!
私は右手に宿る、すべての炎の精霊たちの温かい魔力を、彼の胸元へとそっと押し当てるようにして解き放ったのだ。
ドォォォォオオオオン!!!!!
私の右手から解き放たれた温かい炎の魔力が、アーシュの胸元へと優しく染み込んでいく。
その瞬間、玉座の間を埋め尽くしていたおぞましい黒い炎と、彼の背中に生えていた漆黒の翼が、光に浄化されるようにサラサラと消滅していった。
アーシュの手からアストラの長剣と短剣がハラハラとこぼれ落ち、床へカン、と静かな音を立てて転がる。 それと同時に、アーシュの身体からすべての闇の魔力が完全に霧散し、真っ黒だった髪が、元の美しい、輝くような金髪へとみるみる戻っていった。
すべての呪縛が解き放たれ、力が抜けたアーシュの華奢な身体を、私は床に倒れる寸前でぎゅっと優しく抱きとめた。
静寂が満ちる玉座の間。
うっすらと、アーシュの長い睫毛が震え、その瞼がゆっくりと開かれる。
現れたのは、底なしの闇ではなく、あの澄み切った、どこまでも綺麗な【本来の深い緑色の瞳】だった。 アーシュはまだぼんやりとした様子で私の顔を見つめ、それから、口を開くと、一番にポツリと呟いた。
「あれ……、メアリー? 髪、切ったの?」
その瞬間、私の目から堪えきれなくなった涙がポロポロと溢れ落ち、彼の頬を濡らした。
いつもの生意気で愛らしい、本当のアーシュが、今ここに帰ってきたのだ。
私はふふっと涙混じりに小さく笑い、愛おしさを込めて彼の身体を強く抱きしめた。
「そうよ、切ったの。……どうかな、似合う?」
私の問いかけに、アーシュはふっと、本当に安心したように優しく目を閉じながら、少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。
「……似合わないよ。メアリーは、髪が長い方がいいに決まってる……」
そう言ってかすかに笑うと、アーシュはこれまでの過酷なすべての疲れを癒やすように、すやすやと穏やかな、深い眠りへと落ちていった。
それは死の眠りなどではなく、闇から完全に救い出された、温かくて安心しきっただけの寝息だった。
「……おかえり、アーシュ」
私は彼の綺麗な金の髪を何度も撫でながら、アストラ兄さんの2本の剣をそっと隣に手繰り寄せる。
振り返ると、血に伏せていたトニーやフラン、カイトにアーサー、そして肩で息をしていたゼインまでもが、みんな、涙とボロボロの顔の中に、最高に晴れやかな、温かい笑顔を浮かべて私たちを見守ってくれていた。
世界の闇を退け、大切な仲間を取り戻した私たちの前に、暗黒の国の雲が晴れ、世界の夜明けを告げるような美しい、本物の光が差し込み始めていた。




