最終対決
「……あ、あぁ……。お前、は……だれ、だ……。邪魔を、するな……っ」
メアリーのことすら分からなくなってしまったアーシュが、真っ黒に染まった瞳の奥で、かすかに【本来の深い緑の光】を明滅させながら、冷酷に黒い剣を振り下ろした。
ドォォォオオオオン!!!!
一撃。
ただアーシュが剣を振るっただけで、大気を引き裂くような凄まじい闇の魔力の波動が、爆撃のように私たちへと一斉に飛来する。
「防げッ!! まともに喰らうな!!」
トニーやフラン、カイトにアーサーが、それぞれ死に物狂いでその破壊の波動を弾き、吹き飛ばしていくが、その余波の衝撃だけで身体が激しく削られていく。
ドサリ、と私は鋭い風圧に吹き飛ばされ、床へと激しく打ちつけられた。生傷から血が流れ、激痛が走る。
けれどその直後、私の髪の影から、小さな羽を必死に羽ばたかせたフェアリーのルナが飛び出してきた。ゼインからもらった宝石を胸に抱きしめ、小さな手から眩い治癒の光を私へと注ぎ込む。熱い波が身体を包み、私の傷が急速に癒えていく。
「……グルゥゥウウウ!!」
だが、魔王の猛攻は止まらない。飛んでくる波動を避けては傷つき、そのたびにルナが背後から現れて必死に治療を施す。その応酬が何度も繰り返されるうち、私はルナの小さな肩が激しく上下し、その羽の動きが目に見えて鈍くなっていることに気がついた。
いくらアイリスの宝石で魔力を増強していても、ルナの小さな身体そのものが、このおぞましい闇の空間と連続する治療の負荷に、もう限界を迎えようとしている。元看護師としての私の目が、これ以上の無理はルナの命に関わると告げていた。
「ルナ……ありがとう。後はもういいわ。これからは、私の力で戦うから」
私はそっとルナを手のひらで包み込むと、後ろに控えていたミアの元へと優しく手渡した。
「ミア、ルナを頼むね。下がっていて」
「メアリー様……っ!!」
ミアが涙を浮かべながらルナを大切に胸に抱きかかえ、後方へと下がる。
サポートの翼を失い、完全に生身の状態で魔王の前に立つことになった私だったが、その胸の奥には、恐怖を遥かに超える炎のような闘志が燃え盛っていた。
左手で、おばあ様が命を込めて遺してくれた新しい魔剣を強く握り直す。カルミラの遺した手枷が、左手首で熱く脈打った。
アストラ兄さんの2本の剣を迎え撃つための、私の、救済の二刀流チート。
「待っていて、アーシュ。今、アストラ兄さんと一緒に、あなたを光の国へ連れて帰るわ……っ!」
私は燃えるような深紅の瞳を持つゼインと力強く視線を交わすと、最強の魔王へと向かって、真っ直ぐに大剣を構え直したのだった。
激しさを増していく、魔王アーシュとの極限の死闘。 飛来する黒い炎の波動を前に、トニーもフランも、カイトもアーサーも、死に物狂いで武器を振るっていた。けれど――勝負は、あまりにも無残だった。
みんな、アーシュを傷つけることができないのだ。 共に笑い、共に泥をすすり、同じ釜の飯を食って旅をしてきた、大切な、大切な私たちのアーシュ。その情があるからこそ、みんなの一撃にはどうしても迷いが生じ、本気で刃を叩き込むことができない。
対するアーシュは、闇の魔力に完全に呑まれ、容赦なく殺戮の刃を振るってくる。
「ぐ、あぁぁあッ!!」
ガギィィンと鈍い音が響き、トニーの大盾が砕け散って彼はその場に激しく倒れた。カイトは翼を焼かれて床に転がり、フランも、アーサーも、満身創痍の身体で血に伏せていく。 無残にも、一人、また一人と倒れていく大切な仲間たち。
――もう、迷っている時間なんてない。
私は、おばあ様が命を込めてくれた左手の魔剣を逆手に握り直し、右手で激しい炎の魔力を練り上げた。 アーシュの懐へと一気に飛び込むため、私は弾かれたように地を蹴り、猛然と駆け出す。
「――待て、メアリー!!」
背後から、引き裂くような悲痛な叫びが響き渡った。 振り返らなくても分かった。ゼインの声だ。
いつも完璧で、どんな絶望をも平然と見下ろしていたあの無敵の王が、今まで聞いたこともないほどの激しい悲しみを顔に浮かべ、必死に私を呼び止めていた。
「命と引き換えにするな!! お前が死んだら……お前が逝ってしまったら、俺は……っ!!」
王としての威厳も、強者としての余裕もすべて剥ぎ取られた、一人のただの青年としての、魂からの拒絶と叫び。
私は走りながら、一瞬だけ振り返った。
そして、彼今まで一度も見せてないような、心の底からのどこまでも優しい笑顔をゼインへと向けた。
「死なないわよ、ゼイン」
風を切り裂き、私は彼に、そしてみんなに届くようにハッキリと言い放つ。
「私は、あなたたちみんなと、これから先も一緒に生きるために戦っているんだから!!」
その言葉を大空へと残し、私は黒い炎の嵐を突き破って、アーシュの目の前へと肉薄した。




