騎士の誓い
冷たくなっていくモネの身体を抱きしめ、声を上げて泣き崩れるフラン。その慟哭が、重苦しい回廊にいつまでも寂しく響き渡っていた。
私は自分のために犠牲になってしまったモネへの罪悪感と悲しみで、ただ立ち尽くし、涙を流すことしかできなかった。誰もが言葉を失い、動けなくなっていた、その時――。
ザッ、と力強い足音が響き、トニーがフランの隣へと歩み寄った。 トニーは静かにひざまずくと、泣きじゃくるフランの震える肩へ、その大きな手のひらをがっしりと置いた。
「……フラン」
低く、けれどどこまでも温かいトニーの声が、フランの涙を遮るように響く。
「モネはメアリーの命を護ったんだ。――それがどんなに歪んだ理由であれ、彼女が身を挺して大切な人を護ったという事実は、決して無駄にはできないだろう」
トニーの言葉が、フランの傷ついた心の奥へと真っ直ぐに染み込んでいく。
「ここで立ち止まったら、彼女の最期の覚悟すら、ただの犬死にになっちまう。
……立ち上がるんだ、フラン。俺たちの旅を、ここで終わらせるわけにはいかない。先へ進もう」
同じ騎士として、そしてずっと一緒に戦ってきた仲間としての、魂を揺さぶるような熱い激励。
フランは身体を震わせながらも、トニーの言葉を一言一言噛み締めるように聞き入り、やがて、溢れる涙を乱暴に腕で拭った。
「……ああ。……分かってる、分かってるよ、トニーさん……っ」
フランはモネの身体をそっと床へと横たえ、形見となった彼女の髪飾りをそっと胸にしまうと、その手に愛用の剣を驚くほど強く、固く握り締めて立ち上がった。その瞳には、まだ涙がたまっていたが、もう迷いの光は一切なかった。
「メアリーちゃん、ごめん。……心配かけた。俺は、もう大丈夫だ」
「フラン……」
「あいつの遺してくれたメアリーちゃんの命、今度は俺が、死んでも護り抜いてみせる。……行こうアーシュの元へ!! すべてはこのために来たんだ!!」
フランの力強い決意に、カイトもアーサーも、そしてナターシャも深く頷き、武器を構え直した。
それまで静かに目を閉じていたゼインが、ゆっくりと目を開け、深紅の瞳で回廊の最奥――玉座の間へと続く巨大な扉を睨みつける。
「……行くぞ、そこが本当の終着点だ」
ゼインの漆黒のマントが激しく翻り、私たちはモネの想いと、おばあ様の魔剣、すべての絆を背負い、アーシュを闇の底から救い出すため、ついに最後の扉を力強く押し開けたのだった。
ギィィィ……と重々しい音を立てて、回廊の最奥にある巨大な扉が開け放たれる。
その向こう側、濃密な闇の魔力が渦巻く玉座の間へと足を踏み入れた瞬間、私たちは全員、その場に縫い付けられたように言葉を失った。
そこに、私たちの知っている、あの優しくて愛らしかったアーシュの姿は、影も形もなかった。
美しかった金の髪は呪われたように真っ黒に染まり、身体からはパチパチと大気を焼き焦がす黒い炎が噴き出している。背中には、その炎が形作った漆黒の翼。
いつも不敵に笑い、圧倒的な最強を誇っていたはずの国王ゼインですら、その場に満ちる魔王のプレッシャーを前に、初めて険しい顔でその桁外れの『力の差』に身構えているのが分かった。
だが、私の視線は、彼が両手に握り締めている『2本の剣』へと吸い寄せられた。
――アストラ兄さんの、長剣と短剣……!
実の父親に目の前で兄アストラを殺され、その怒りで魔力を暴走させたアーシュ。兄の遺品を握ることでさらに魔力を増大させ、本来は『水の魔力』しか使えないはずなのに、その2本の刃に禍々しい黒い炎を纏わせている。
そのおぞましい光景に、私はアストラ兄さんの魂までが、闇の魔力に穢されていくような、激しい胸の痛みに襲われた。
――絶対に、アーシュも、アストラ兄さんの剣も、この手で取り戻す。
私の脳裏に、生前のアストラ兄さんと交わした、あの強い約束が鮮烈に蘇る。
『何があっても、俺を国に連れて帰ってくれ』
あの剣は、お兄様の魂そのものだ。必ず私たちの国へ連れて帰らなければならない。この闇に呑まれてしまったアーシュと一緒に、絶対に。




