モネとの戦い
私たちは、振り向くことなく長い回廊を一心不乱に駆け抜けていた。
だが、目的地の扉を目前にして、行く手を阻むように漆黒の甲冑に身を包んだ男たちが次々と姿を現す。闇の国に自らの身を捧げ、禍々しい魔力に取り憑かれた『闇の騎士たち』だ。
「――ここから先へは通さん、光の眷属どもめ」
邪悪な笑みを浮かべ、不気味な闇の剣を構える彼らに向けて、私は走りながら腰の新しい魔剣を左手で引き抜いた。そして、右手にはいつもの炎の精霊魔力を宿らせる。
――左手で敵の魔力を無効化し、右手で最大火力を叩き込む。ゼインから授かった、この世界で私にしかできない新しい戦い方。
「そこをどきなさい!!」
私が叫ぶと同時に、闇の騎士たちが放った禍々しい黒い斬撃が私を襲う。
しかし、私が左手の新しい魔剣を一閃させると、カルミラのハメた手枷と剣が激しく共鳴し、目に見えるほどの透明なアンチ魔力の波動が放たれた。
直撃した敵の黒い斬撃が、まるで幻だったかのように一瞬でかき消え、騎士たちの闇の魔力そのものが左手側で完全に封印される。
「なっ……魔力が使えない!? 馬鹿な、何をした……っ!」
驚愕に目を見開く敵に向けて、私は自由な右手から、これまでにないほどの圧倒的な炎の奔流を解き放った。
ドゴォォォオオオオン!!!!
凄まじい爆炎が大気を焼き焦がし、回廊の闇を文字通り一瞬で吹き飛ばす。闇の魔力を封じられた騎士たちは防ぐ術もなく、その最大火力の劫火によって一撃でまとめて吹き飛ばされ、壁へと叩きつけられて沈黙した。
「メアリーちゃん!! す、すごい……! 本当に、魔力封じと魔法の同時発動ができるなんて……!」
「すごいぞメアリー!! これならどんな敵にでも勝てるぞ!!」
フランが驚愕の声を上げ、トニーも嬉しそうに声を上げた。
おばあ様が遺してくれた魔剣と、カルミラの遺した手枷。私の両手に宿る二つの矛盾した力が完璧に噛み合った、圧倒的な二刀流チートの勝利だった。
――パチ、パチ、パチ。
炎の煙がたなびく静寂の回廊の奥から、冷ややかな拍手の音が響き渡る。
不気味な霧の向こうからゆっくりと歩み出てきたのは、禍々しい闇の魔力を全身から放つ、一人の女の姿だった。
「相変わらず素晴らしいお力ね、メアリー王女。……いいえ、泥棒猫と言った方がいいかしら?」
その歪んだ声音を聞いた瞬間、私の隣を走っていたフランの身体が、嘘のように激しく凍りついた。
「……モネ……っ!? お前、なんでここに……っ!」
フランの悲痛な叫びに、女――モネは、狂気的な笑みを最高潮に歪めてみせた。
彼女は闇の魔力に完全に取り込まれていながらも、その瞳には確かな『意思』が残っている。だがその意思は、おぞましいほどの憎悪に染まっていた。
「会いたかったわ、フラン。私はね、闇の国にこの身を捧げて、この素晴らしい力を手に入れたのよ。
……フラン、あなたを私から奪い去った、この忌々しいメアリー王女を、私のこの手で八つ裂きにするためにね……!」
モネの鋭い爪が、私を真っ直ぐに指さす。
フランを奪われたという歪んだ嫉妬と恨みが、暗黒の回廊をピリピリと激しく震わせていた。
「モネ!! お前いい加減にしろ……っ!!」
フランが私の前に出て剣を抜いた。
「フラン、手を出さないで!! 私がちゃんと受けて立つから!!」
「メアリーちゃん!? でも……っ!」
私が鋭く制止の声を張ると、剣を構えていたフランはと狼狽えることしかできず、その場に立ち尽くした。
「ほら、やってみなさいよ」
モネが私を見下すように余裕の笑みを浮かべ、私の方へ剣を抜いて向かってくる。
「……っ!! やるしかないのね……!!」
私は両方の剣を抜き、モネの攻撃を受けるため剣を構える。
ガキイィィィイインッッ!!!
激しくぶつかり合う、モネの闇の魔力と私の魔剣。
さらに最悪なことに、城の奥にいる魔王アーシュの強大な影響のせいで、周囲からは不規則に禍々しい闇の魔力の波動が次々に飛来していた。
「ああっ! メアリーの方へ行かせるなッ!」
トニーやカイト、アーサーたちは、その余波が私たちに届かないよう、周囲の波動を食い止めることに必死だ。
剣を振り下ろせば受け止められ、また振り下ろされればしっかりと受け止めるか受け流す。それを激しく繰り返す。止まらない激しい死闘の最中、刃を交えるたびに、私は気づいてしまっていた。
モネの放つ攻撃の重さ、その狂気の裏にある「愛するフランを奪われた」という、引き裂かれるような辛い気持ち、悲しみ、絶望。一人の女性として彼女の心の痛みが分かってしまうからこそ、私はどうしても冷徹になりきれず、なかなか本気の一撃を繰り出すことができない。
「甘いのよ、王女様ァ!!」
私の迷いを見逃さず、モネの強烈な一撃が私の防御を弾き飛ばした。仰向けに倒れた私の上に、モネが猛烈な勢いで馬乗りになる。
「これで終わりよ……!!! 消えなさい、泥棒猫!!」
モネが最後のトドメの一撃を振り下ろそうとした、まさにその刹那だった。
――ズドォォオオオン!!!
仲間たちが弾いたはずのアーシュの巨大な魔力の波動が、不運にも不規則な軌道を描いて、私たち二人の方へと猛烈な速度で押し寄せてきた。
「メアリーちゃん!!!!! モネ!!!!!」
フランが悲鳴のような叫び声を上げ、すぐさま全速力でこちらへと駆けつける。
凄まじい爆音と砂煙が回廊を覆い尽くし、何も見えなくなった。
……しばしの静寂が訪れる。
私は激しい衝撃に耐えながら、うっすらと、ようやく目を開けた。
砂埃がゆっくりと風に流され、最初に見えたのは――私の上に重なるようにして倒れている、モネの姿だった。
彼女の背中は、あの波動をまともに浴びて無残に焼けただれ、口元から鮮血を流して虫の息になっていた。
ただ、私を守るように覆いかぶさっている。
「な、んで……っ!? どうして、私を……っ!?」
私はパニックになりながら、モネの華奢な身体を抱き起こした。
「モネ!!……モネ……ッ!?」
足元に滑り込んできたフランが真っ青な顔で呆然と立ち尽くし呟く。
「嘘だろ……」
モネは、涙で顔を濡らす私ではなく、その横で呆然とするフランの姿を、うっすらと開けた瞳でじっと見つめた。そして、弱々しく、けれど満足げにふっと唇を歪める。
「……なんで、かしらね……。フランに……これ以上、悲しい思いを、させたくなかったのかな……。勝手に身体が動いちゃったから、自分でも、よくわかんないや……」
「モネ……お前、俺のために……っ」
フランはモネの前に崩れるように膝をつき、瞳から、大粒の涙がポロポロと溢れ出す。モネはそんな最愛の幼馴染の顔を愛おしそうに見つめながら、最期の力を振り絞って、ゾクッとするほど美しく、切ない笑みを浮かべた。
「……それに……こうして、この女の身代わりになれば……。あなたは死ぬまで、永遠に……私のことを、忘れられないでしょ……?」
ふっと、モネの瞳から光が消え、繋がっていた小さな手が力なく地面へと落ちる。
それが、彼女の残した最期の言葉だった。
「モネェェエエエエッッ!!!! 嫌だ、目を開けろモネ!! モネッ!!!」
フランはその場に激しく泣き崩れ、冷たくなっていく幼馴染の身体を壊れ物を扱うように強く、強く抱きしめて、声を上げて慟哭した。
彼女の歪んだ愛は、最期に最も美しく、そして最も残酷な形で、フランの心に消えない楔を打ち残していったのだった。




