最終話 祝宴と約束の丘
魔王アーシュの呪縛が解け、暗黒の国に本物の光が差し込んでから数日後。
私たちは一度、魔法製薬の国へと引き揚げ、傷を癒やしていた。
そしてその夜、誰の目も気にすることのない、最高に賑やかな大宴会が幕を開けた。
「カンパーーーイッッ!!!!! アーシュ、おかえりッ!!!」
トニーの豪快な掛け声と共に、全員がエールの杯を高く掲げる。
「おいアーシュ! よく戻ってきたな! このステーキ食え、ステーキ! アーサーを肉にする代わりに、本物の極上肉をたらふく用意してやったからな!」
フランがいつになく上機嫌で、山盛りの肉皿をアーシュの前にドサッと置く。隣では人間の姿のアーサーが「私の肉は硬いですから、そちらの方が美味ですよ」とケロリと言ってフランをまた怒らせていた。
「アーシュさん、本当に良かったです……っ!」
ミアが涙を流しながらお給仕をし、宝石を抱えたフェアリーのルナも、アーシュの周りを嬉しそうにパタパタと飛び回っている。ナターシャも、カイトから「ほらナターシャも遠慮すんなよ!」と果実水を注がれ、照れくさそうに笑っていた。
そんな中、筋肉ムキムキ・ピンク髪のドレイクが、
「メアリー殿の弟君の生還、このドレイク、涙が止まりませぬ!」
と、フッと【手のひらサイズのピンクウサギ】に変身してアーシュの膝の上にちょこんと乗った。
「うわ、何これ可愛い! ……って、ドレイク!? ギャップが凄すぎて怖いよ!」
アーシュがいつもの彼らしく、ツッコミを入れながらも嬉しそうにウサギを撫でる。その姿を見て、少し離れて腕を組んでいたゼインも、満足げにフッと口角を上げて穏やかに笑っていた。
絶望を乗り越えた更地に響く、仲間たちの心からの笑い声。私たちは本当に、アーシュを奪い返したのだと、胸の奥が温かい幸福感で満たされていった。
宴が夜更けを迎え、仲間たちが楽しそうに眠りについた頃。
私はバルコニーで夜風に当たっていたアーシュの隣へと歩み寄り、そっと声をかけた。
「アーシュ。……話があるの」
「ん? 何、メアリー」
振り返る彼の緑の瞳を見つめ、私は心の底から温めていた決意を告げた。
「あなたは生まれてからずっと、私の影武者として扱われてきた。その存在すら、国の人々には隠されて、ずっと孤独な影の中にいたでしょう?」
「……まあ、それが俺の役目だったからね」
寂しそうに微笑むアーシュの小さな手を、私は両手でしっかりと握りしめる。
「もう私には、影武者なんていらないわ。これからは一人の『王子』として、私と一緒に、光の舞台でこの国を支えてほしいの。
――これが、私の本当の願いよ」
私の真っ直ぐな言葉に、アーシュは一瞬だけ驚いたように目を見開いた。それから、耳まで真っ赤にしてぷいっと顔を背け、照れ隠しに小さく鼻を鳴らす。
「……ふん、勝手なことばっかり言って。……分かったよ。でも、王子になったって、俺は騎士団の仕事は辞めないからね! それに、これからも可愛い女の子たちともたくさん遊びに行くんだからな!」
生意気だけれど、最高の愛おしい少年の本音。私はクスッと笑い、彼の手をもう一度強く握り直した。
「ええ、楽しみにしているわ」
――数日後。 私たちは懐かしい祖国へと戻り、王族の人間しか知らない、美しい緑に囲まれた『秘密の丘』へと足を運んでいた。
見渡す限りの青空と、穏やかに吹き抜ける故郷の風。 私たちはその丘の柔らかな土を掘り、暗黒の国から無事に取り戻した、アストラ兄さんの形見である長剣と短剣の2本を、優しく、大切にそこへ埋葬した。
「兄さん……約束、守ったよ」
アーシュが埋葬された剣を見つめ、涙を浮かべながら、けれど最高に晴れやかな声で微笑む。
「これが、俺たちの、私たちの国だよ」
私もその隣に並び、天国のアストラ兄さんへと向かって、深く、深く感謝の祈りを捧げた。
『何があっても俺を国に連れて帰ってくれ』
――その悲しい約束は、今、最高の形で果たされたのだ。
私の新しい魔剣が、私の腰で静かに、誇らしく輝いている。左手首の手枷は、もう私を縛るものではなく、カルミラやナターシャとの絆の証として、私の肌に優しく馴染んでいた。
私の大切な、大好きな家族と仲間たち。
これからも続くであろう彼らとの賑やかで愛おしい未来を胸に宿し、私はアーシュとしっかりと手を繋いで、光り輝く私たちの国へと向かって、一歩ずつゆっくりと歩み出したのだった。
(第2部・完)




