遺されたもの
絶望と後悔に沈む私たちの前で、リオールがゆっくりとゼインの足元へ歩み寄り、その大きな手のひらを自身の小さな両手でそっと包み込んだ。
「ゼイン、自分を責めないで」
リオールは涙を浮かべながらも、真っ直ぐにゼインを見上げた。
「おばあちゃんね、ずっと楽しそうだったんだよ。『あの王様は無茶ばかり言うけれど、誰よりも世界の未来を考えている良い目をした男だ』って。メアリーや未来のために、自分の最高傑作を遺せるのを、職人としてすごく誇りに思ってたんだよ」
リオールの言葉を引き継ぐように、アイリスもゼインの隣に立ち、その顔を覗き込んだ。
「ええ、その通りよ、ゼイン様。祖母が無理をしたのは、あなたのせいじゃないわ。自分の残された命の使い道を、自らの意志で決めたの。大好きな魔導具作りに命を懸けられて、きっと本望だったはずよ。だから……そんな顔をしないで」
血の繋がった二人の真っ直ぐな言葉が、ゼインの張り詰めていた心の枷を、ゆっくりと解きほぐしていく。
「……そうか」
ゼインは小さく息を漏らすと、自嘲気味に、どこか悲しく、けれどどこか救われたようにフッと静かに微笑んだ。その刹那、いつもの傲然とした王ではなく、一人の不器用で優しい青年の顔がそこにあった。
ゼインはリオールの小さな頭を大きな手で優しく撫で、アイリスから差し出された二つの奇跡の遺産を、静かに受け取った。
「感謝する。……この命の結晶、決して無駄にはせん」
ゼインのその言葉と、おばあ様が命を賭して遺してくれた輝く魔剣を見て、私の胸の奥にも、悲しみを超えた強い覚悟が静かに灯った。
犠牲を無駄にしないために。おばあ様が命を込めてくれたこの剣で、私たちは必ず、アーシュを闇の国から取り戻してみせる――と。
おばあ様が遺してくれた命の結晶を受け取った私たちは、その足で国を治める長老の元へと向かった。
「――約束通り『魔導石』を手に入れてきた」
ゼインがカルミラから勝ち取った眩い魔導石を長老の前に差し出すと、長老は震える手でそれを受け取り、何度も何度も涙を流して感謝の言葉を口にした。
この国は、多くの若者を殺され、あるいは連れ去られてしまった過去がある。だからこそ長老は、貴重な技術の血を引くリオールのような子供を、二度と危険な外の世界へ手放したくはなかったのだ。
本当は、何としてでもこの国に留めておきたかったはずだった。
だが、私たちがこの危険な旅に出るための交換条件として突きつけられた『魔導石の取得』を、ゼインたちは完璧に成し遂げてみせた。もう、彼にリオールを引き留める理由はない。
長老の部屋を出たあと、私はリオールの前に視線を合わせるようにしてしゃがみ込み、その小さな肩に手を置いた。
「リオール。……本当に行くの? これからの旅は、今まで以上に危険な『暗黒の国』に向かうことになるわ。だから……」
本当を言えば、私も彼をこれ以上危険な目に遭わせたくはなかった。
しかし、リオールは小さく首を振ると、私の手をきゅっと握り締め、力強い瞳で私を真っ直ぐに見つめ返してきた。
「メアリー、僕、やっぱり一緒に行きたいんだ。
……僕ね、ずっと苦しかったの。自分だけが助かって、自分だけが人間の姿に戻れて、のんきに暮らしていることに、ずっと強い罪悪感を感じていたから……」
リオールの小さな唇から漏れた本音に、私は胸を突かれた。
「僕と一緒に野獣の姿に変えられて、まだ暗黒の国で苦しんでいる子供たちがたくさんいる。今度は僕が、あの白銀の兵士たちの薬を持って、みんなを救いに行きたいんだ! 自分の足で立ち上がって、おばあちゃんみたいに、お母さんみたいに、誰かの役に立ちたいんだよ!」
その言葉は、もう、ただ守られるだけの子供のものではなかった。おばあ様が命を削って遺してくれた職人の誇りと、お母様の優しい心をしっかりと受け継いだ、一人の立派な戦士の決意だった。
振り返ると、ゼインも、トニーもフランも、カイトも、そしてナターシャも、みんなが誇らしげな笑顔でリオールを見つめていた。
「分かったわ。……一緒に行きましょう、リオール」
「うん……! ありがとう!!」
リオールの顔に、ようやくいつもの元気いっぱいの笑顔が戻った。
おばあ様の魂が込められた新しい魔剣を腰に帯び、私は一歩を踏み出す。
人間の姿に戻るために一度自国へ帰るアーサーとは、暗黒の国での再会を誓い、固い握手を交わして別れた。
「行くぞ。これより『暗黒の国』へ向かう」
ゼインの短くも力強い号令が響き渡る。
私たちはナターシャとリオールを仲間に加え、青空の下、まだ見ぬ過酷な戦場へと向かって、力強く歩み出した。
待っていて、アーシュ。私たちは必ず、あなたを闇の底から救い出してみせる。




