待ちに待っていた再会
魔導具の街に入ると、大通りを行き交う人々が私たちを見てハッとした顔になり、驚きのあまり持っていた荷物を落としたり、一目散にどこかへと駆けて行ったりするのが見えた。
他の人々も、私たちの無事な帰還を知り、驚きと安堵が入り混じった顔で、次々に声を上げながら私たちに近づいてきた。
手に入れた貴重な魔導石を、早くここの長老に渡さなければならないことは頭では分かっている。
……だが。私が……、私たちが、この街で何よりも一番に会いたいのは……。
ガタバタンッ!!!
民家の一つの古びた木の扉が、壊れそうなほどの大きな音を立てて勢いよく開けられた。そこから、ぴょこんと小さくて愛らしい影が飛び出てくる。
「リオール!!!」
私はもう居ても立ってもいられなくなり、周囲に集まる街の人々の視線や歓声すら全て置き去りにして、リオールの方へと向かって必死に駆け出した。
小さなリオールも私の姿を見つけるなり、目を見開いて叫びながら飛び出してくる。
「メアリー――っ!!」
ドサッと地面に膝をつくようにして、私は小さなリオールの身体を両腕でしっかりと受け止めた。
「リオール……っ、ただいま! 寂しい思いをさせてごめんね」
「ううん、ううん……っ! 無事に戻ってきてくれて本当によかった……っ!」
私の胸に顔を埋めてひとしきり泣いたリオールが、ふと、私の後ろに立っている人物に気づいてハッとした顔になり、私の腕から顔を上げた。
「……ナターシャ……?」
そこにいたのは、アリアの杖を持ったまま、申し訳なさそうに立ち尽くすナターシャだった。
ナターシャは震える手で、胸に抱いていた真っ二つに折れた杖をリオールの前に差し出し、涙をボロポロと溢れさせた。
「リオール……。ごめんなさい、私、あなたのお母さんの形見を……こんな姿にしてしまったの……っ」
すると、リオールはその小さな両手で、ナターシャの手から優しく折れた杖を受け取った。そして、折れた切断面を愛おしそうになぞりながら、ふんわりと優しい笑顔をナターシャに向ける。
「ううん、お母さんの杖が折れちゃったのは悲しいけど……。でもね、ナターシャが無事に帰ってきてくれただけで、僕はいいんだよ」
「――っ、う、あぁぁあああ……っ!!」
その子供らしい無垢な優しさに、ナターシャの張り詰めていた糸が完全に切れた。彼女はその場に崩れ落ちるように泣き崩れ、子供のようにわっと声を上げて涙を流した。これまでの裏切りの罪悪感も、カルミラの呪縛も、リオールのその一言によって本当の意味で完全に洗い流されたのだ。
「ふふ、そんなに泣かないで、ナターシャ。このくらいなら、私が直してあげるわ」
その時、開け放たれた扉の向こうから、凛とした温かい声が響いた。
現れたのは、リオールの母の妹であり、この村で唯一の若き職人であるアイリスだった。彼女はナターシャの前に優しく膝をつくと、リオールの手から杖を預かり、自信に満ちた笑みを浮かべてみせる。
「姉さんの作った魔導具だもの、妹の私に直せないはずがないわ。元の姿よりも、もっと頑丈に打ち直してあげるから、また姉さんの代わりにメアリー様を護ってあげてね」
「はい……っ、はい……! ありがとうございます、アイリスさん……っ!」
ナターシャは何度も何度も涙を拭いながら、力強く頷いた。
壊れた絆が、今ここで新しく、さらに強く繋ぎ直された。
その温かい奇跡の余韻に包まれ、誰もが安堵の笑顔を浮かべた、まさにその時だった。
私の胸に再びしがみついてきたリオールが、さっきとは違う、ひどく悲痛な震え方をし始めた。
「メアリー……っ。あのね……おばあちゃんが、昨日……死んじゃったんだ……っ」
「え……っ!?」
頭を激しく殴られたような衝撃に、私の思考が完全に停止する。
この国で、私たちに誰よりも親切にしてくれた、あの優しかったおばあ様が、昨日亡くなった……?
信じられない言葉に私が呆然としていると、後ろから「そうか……」という低い声とともに、重い足音が近づいてきた。
振り返ると、ゼインがこれまでに見せたこともないほどに暗く、険しい表情で、静かに地平を見つめていた。
「ゼイン様!! これを……っ!!」
アイリスがゼインの傍に駆け寄り跪いたかと思うと、うやうやしく2つの物を差し出した。
ゼインは深く息を吐き出し、それを受け取る。
それは二つの魔導具だった。一つは、かつて私が失くしたと思っていたあの『魔力封じの石』が組み込まれた、禍々しくも神聖な輝きを放つ新たな剣。
そしてもう一つは、私の折れた魔剣の破片を元に、さらに魔力を高めることができるよう打ち直された、美しく鋭い新たな魔剣。
「ここから出発する前、俺はあの老婆に『魔力封じの石』を渡していた。アーシュの持つ、あの暗黒の国の闇の魔力を完全に抑え込むために、石の封印の力を最大限に引き出した魔導具を作ってくれ、とな」
ゼインの言葉に、私は息を呑んだ。
本来、この国は魔力を増大させるための魔導具を作る国だ。それなのに、真逆の『魔力を封じる力』を限界まで高めてくれという無茶な要求。
言われたおばあ様は、最初ひどく困惑した顔を見せたそうだが、最後にはゼインの覚悟と私たちの目的を受け入れ、その依頼を快く引き受けてくれたのだという。
「さらに老婆は、お前の折れた魔剣の欠片を使い、よりお前の魔力を高めるための新たな魔剣の制作にも着手した。
……この二つの約束を果たすために、あの老婆は、最期の力を全て振り絞ったのだ」
ゼインの拳が、みしりと音を立てて固く握り締められる。
「周囲の者たちが止めるのも聞かず、俺がくれぐれも無理はするなと何度も忠告したにも関わらず……あの老婆は日夜を問わず、自らの命を削りながらこの二つを作り上げたのだ……」
ゼインがその二つの魔導具を、まるで壊れ物を扱うように両手で強く抱きしめた。彼の深紅の瞳に、激しい悔恨の光が宿る。
「これは、俺の過ちだ。俺の焦りが、あの老婆の命を縮めた。
……だがメアリー、これらは正真正銘、あいつが自らの命を全て込めて作り上げた、世界に二つとない奇跡の遺産だ」
王の悲痛な告白と、差し出された二つの遺物を前にして、私は歪んだ景色の中、その圧倒的な重みを受け止めるしかなかった。
それを見て、私の胸にも鋭い刃が突き刺さるような痛みが走った。
――私のために。私の折れた魔剣とアーシュを救うための魔導具のせいで、あの優しかったおばあ様を死なせてしまった。自分のために大切な命を犠牲にさせてしまったのだという重い罪悪感が、一気に私の心を暗く塗りつぶしていく。




