いざ、魔導具の国へ
「なあゼイン〜! ほんとにメアリーちゃんの手枷、このままで良かったのかよ〜!」
木が鬱蒼と生い茂る森の中、日の光さえほとんど届かず薄暗い道。
湿った土の匂いと、私たちの足音だけが静かに響く頼りない獣道で、先頭を歩くゼインにフランが首を傾げながら声を投げかけた。
ゼインは少しこちらを見たかと思うと、「いずれ、わかる」とだけ呟いた。
相変わらず含みを持たせたその声音には、反論を許さない絶対的な確信が宿っている。
私は、左手首を目の前に翳し、まじまじとその姿を捉えた。
冷たい鉄の塊のはずなのに、私の肌に触れている部分はまるで体温を分け合っているかのように温かい。隙間なくピッタリと吸い付くようにしてくっついている。だが、それに違和感はなく、むしろ本当に付いていることすら忘れている時がある。
カルミラが言っていた『使い道』とは、一体何なのだろう。手枷に刻まれた奇妙な紋様を指先でなぞりながら、ふとずっと気になっていた疑問を思い出した。
私は歩調を速め、先頭を行くゼインの広い背中のすぐ傍まで近寄り、声をかける。
「ゼイン!! 教えてほしいことがあったの!!」「……何だ?」
ゼインはピタッと足を止め、顔だけをこちらに向けた。燃えるような深紅の瞳と真っ直ぐ視線がぶつかると、言葉を交わす前から自分の心の中まで全て見透かされているような気がして、胸がどきりと跳ね上がる。
それまで後ろで談笑していたトニーやフラン、ナターシャとカイトの四人も私たちの異変に気づいたようで、気になるようにピタリと話を止めてこちらを見つめていた。
「私……っ、いつの間にか魔力封じの石を失くしてしまったみたいなの……。あれは、ゼインが私のために、命を懸けて手に入れてくれた大切な物だったのに……!
ゼインなら……魔力の大きさや在り処がわかるゼインなら、その場所がどこにあるか、わかるんじゃないかと思って……!!」
「ああ、あれか……」
ゼインが短く呟いた瞬間、私たちの間を冷たい風がザザーッと激しく通り抜けた。周囲の鬱蒼とした木々が大きくざわめき、ゼインの漆黒のマントや綺麗な髪を激しく揺らしていく。
「いつも懐に……肌身離さず持っていたはずなのに、いつの間にか消えていて……。
本当に、本当にごめんなさい……っ」
溢れ出しそうな涙を堪えながら、私は思わず、目の前にあるゼインの黒いマントを両手ですがるようにぎゅっと掴んでしまっていた。
「いや……あれは……ある場所に置いてきた……」「え? どういうこと?」
私は掴んでいたマントの感触を忘れるほどに目を見開いた。
失くしたのではなく、ゼインが自ら置いてきた?
予想もしなかった答えに、後ろのフランたちからも
「えっ?」「どういうことだ?」と驚き混じりのざわめきが広がる。
ゼインは私を焦らすように一度だけ静かに目を閉じると、再びその深紅の瞳で私を見つめ、どこか淡々と、けれど確かな響きを持つ声で言葉を紡いだ。
「元々あれは、お前の魔力の暴走を抑えるためにと手に入れたもの。だが、旅する中で魔力制御ができるようになったお前には、すでに不要なものとなった」
彼の言葉が、薄暗い森の空気に染み込んでいく。
トニーとフランは「なるほど」と納得したように顔を見合わせ、ナターシャはゼインの深い思慮深さに、ただただ圧倒されたように聞き入っていた。
「しかも、それを持っているせいで最大限に出せる魔力量が抑えられ、いざ必要な時に邪魔にしかならない。そう思い、この国に来る前に、眠っているお前から引き離したのだ」
「え……?だから、あの時……折れた魔剣でも、十分に形になって……?」
ナターシャとの戦いで、自分の限界を超えたような凄まじい炎のレーザーを放てた理由。魔力封じの石という安全弁をゼインが外してくれていたからこそ、私の規格外の精霊魔法は本来の輝きを発揮できたのだ。
「ああ、そうだ」
ゼインはそう言って、マントを掴む私の手をそっと包み込むようにして引き離すと、私の左手首にある『手枷』を鋭い眼光で見つめた。
「あの時、カルミラにハメられたその手枷は、確かに強力な魔力封じの力があった。お前がどれだけ魔力を練ろうとも、カルミラに向けて魔法が発動することはなかったはずだ。
……だが、よく思い出してみろ。あの時お前は、カルミラに爪を立てることはできたはずだ」
「え……? あ、言われてみれば……っ」
ハッとする。カルミラを拒絶したとき、私は確かに彼女の腕に爪を立てて抵抗した。魔力は出せなかったけれど、肉体的な攻撃まで封じられていたわけではなかったのだ。
「つまり、その手枷が縛るのは【お前自身から放たれる魔力】だけだ。……メアリー、ここからがこれからの、お前の戦い方だ。
俺は、魔力封じの石を魔道具の国の者へ託してきた。それで剣を作ってくれ、と」
ゼインは私の両手をそれぞれ取り、私の目を真っ直ぐに見据えた。
「左手でその魔力封じの石の剣を握り、右手でいつもの炎の魔力を使え」
「え!? 両方同時に……!? でも、魔力を封じる力と、魔力を増大させる力を一人の人間が同時に使うなんて、絶対に不可能なはずじゃ……」
あり得ない提案に、後ろで聞いていたトニーやフラン、ナターシャも息を呑む。
だが、ゼインは不敵に口角を上げた。
「本来なら不可能だ。だが、お前の左手首には、最初から魔力を封じる力が宿る手枷がある。左手でその魔剣を握れば、手枷と剣が共鳴し、お前の左側だけで魔力封じの回路が完結して強大な『敵の魔力を無効化する力』を発揮する。
そして――魔力封じの力が左手側で完全に留められるお陰で、自由になった右手からは、本来のお前の炎の魔力を最大現に増大させて放つことができる」
ゼインの丁寧な解説に、私の脳裏に雷が落ちたような衝撃が走った。
カルミラが言っていた『使い道』。ゼインが言った『使い方次第』。
新しい魔剣と、カルミラの遺した手枷が私の身体を媒介にして合わさることで、私は【敵の闇を封じながら、同時に炎で焼き尽くす】という、世界で唯一の力を手に入れることができるのだ。
「使い方次第、か……。どこまでも完璧な作戦を立てやがって」
後ろでフランが、呆れたように、けれどひどく頼もしそうに呟いた。
「――って、おい待てゼインッ!!」
後ろで大人しく聞いていたフランが、地響きがしそうな大声で叫びながら突っ込んできた。その顔は怒りと驚きで真っ赤に染まっている。
「え! てことは、お前……眠っているメアリーちゃんの身体に触れたってことかよ!? しかも夜中に! 無防備な女の子の懐をゴソゴソ探ってあちこち触ったってことか!?」
「ああ、まあそうなるな……」
ゼインは悪気なくしれっと答える。
「てめぇ!! このエロ国王……っ!!
だから二人を一緒に旅させるの反対だったんだ!!」
フランは自分の身体をずいっと私とゼインの間に割り込ませた。
後ろからトニーが呆れながら声をかける。
「まあ、落ち着けってフラン。必要なことだったわけだし……」
「はぁっ!? 必要なら普通に、起きてる時に本人に断ってからもらえばいいだけだろ!?
それを敢えてやってないんだよ、コイツはっ!!」
それを聞いてカイトが話に入ってくる。
「兄上がそんな破廉恥なことするわけないだろ!
効率を重視して一番確実なタイミングを狙っただけだ!」
必死に庇うが、その弁護は余計に生々しくて火に油を注ぐだけで、フランの睨む相手が増えるだけだった。
――そんな賑やかな道中を経て、私たちはついに、鬱蒼とした森の出口へと辿り着いた。
パッと目の前が開け、温かい日の光が私たちを包み込む。
視線の先には、懐かしい、そして今まさに私たちの帰りを待っている『魔導具を作る国』の美しい街並みが広がっていた。




