旅立ち、ひと時の別れ
激しい戦いから数日が経ち、私たちは新たな目的地へと旅立つ日の朝を迎えていた。
出発の間際、カルミラがナターシャの前に立ち、腕を少しだけ動かして不器用にその肩を叩いた。
「ナターシャ。旅の途中で、もしその王女様に捨てられちまったらいつでも戻ってきな。アタシの傍は、いつだってお前の特等席さ」
「カルミラ様……っ。はい! 必ず、なすべきことを終えて、また戻ってまいります!」
ナターシャは目に大粒の涙を溜めながらも、今度は悲しい涙ではなく、前を向いた誇らしげな笑顔で深く頷いた。
そんな二人の和解や、私たちの傷が完全に治癒したのを静かに見届けてから――国王ゼインが、ようやく自身の魔力を解放した。
ふわりと彼の身体から漆黒の魔力が立ち上ったかと思うと、生身で戦い、全身に刻まれていた無数の切り傷や泥汚れが、まるで幻だったかのように一瞬で消え去り、元の無傷で完璧な王の姿へと戻っていく。
ずっと私たちのために結界を解き、治療を後回しにしていた彼の深い慈悲に、胸が熱くなる。
さらに、魔法製薬の国の青い秘薬は、あの巨大な化け物――アリコーンにも奇跡をもたらしていた。
おぞましい魔獣の姿だった肉体が光に包まれ、砂煙が晴れたあとに現れたのは、真っ白な毛並みを朝日に輝かせる、息を呑むほどに美しい一頭の白馬だった。
ゼインはその美しい白馬の頭へと近づき、額から生えていた不気味な三本の角を、大剣の刃で迷いなく切り落とす。そして、その角を傍らに控えていた魔法製薬の国の兵士へと手渡した。
「これを持ち帰り、野獣へと変えられた子供たちを元に戻す薬を作るがいい」
「ハッ! 確かに。必ずや子供たちを救ってみせます!」
兵士たちが恭しく角を受け取る。役目を終えたアリコーン――いや、美しい白馬は、角を失ったことで呪縛から完全に解き放たれ、一度だけ私たちを優しく見つめると、広大な大地の向こうへと美しく駆け去っていった。その引き締まった後ろ姿は、まるで自由を得た精霊のようだった。
「さて……。メアリーさん、私は一度、自分の国へ戻ります」
人間の姿を取り戻したアーサーが、銀の長い髪をなびかせながら、少し寂しげに私の前に立った。
「私の国には、まだ私と同じように、動物の姿から人間の姿に戻れなくなって苦しんでいる仲間たちがたくさんいるのです。魔法製薬の国の薬を持って、まずは彼らを救いに行かねばなりません。
……本当は、このままあなたと旅を続けたかったのですが」
「ううん、気にしないでアーサー。仲間たちを早く助けてあげて。……離れていても私たちは、ずっと仲間よ」
「はい。アーシュさんのいる、あの『暗黒の国』で、必ずまた合流することを誓います」
アーサーは真っ直ぐに私を見つめて微笑むと、今度は隣にいたカイトへと鋭い視線を向けた。
「おいカイト。私がいない間、ゼインをきちんと守れよ。お前が不甲斐ないせいで、あの御身に傷一つでもつけてみろ、私が承知しないからな」
「言われなくたってやるよ! 兄上の護衛は俺の役目だ!」
二人はゼインを慕うライバル同士として、バチバチと火花を散らす。すると、その様子を後ろで聞いていたゼインが、やれやれと呆れたように、けれど穏やかな声音で二人に声をかけた。
「お前たちに心配されるほど、俺は弱くはない。いい加減にしろ」
王の優しくも威厳に満ちた一喝に、カイトとアーサーは言葉を詰まらせ、バツが悪そうに、気まずい笑みを浮かべて頭を掻いた。その微笑ましい光景に、トニーやフラン、ナターシャからもどっと温かい笑い声が沸き起こる。
「行くぞ、メアリー」
ゼインが漆黒のマントを翻し、歩き出す。
カルミラから勝ち取ったあの『魔導石』を、魔導具を作る国の人々へと無事に送り届け、彼らの国を救うために。
私たちはナターシャという仲間を取り戻し、かつて出発した『魔導具を作る国』を目指して、再び力強く一歩を踏み出した。




