戦いの終わり
ガギィィィンッ!!!
凄まじい衝撃と共に、ゼインの防御が強引に弾き飛ばされた。愛用の大剣が手からこぼれ、更地の土へと無残に突き刺さる。体勢を完全に崩されたゼインは、ついにその場に膝をついてしまった。
「――これで終幕だよ、若き王ッ!!」
勝機を確信したカルミラが、その狂気的な笑みを最高潮に歪める。ゼインの眉間に向けて、処刑刃のような槍の先端が、目にも留まらぬ神速で突き出された。
「兄上――っ!!」
「ゼイン――っ!!」
カイトやトニーたちの悲鳴が響き渡る。誰もが「死」を覚悟し、思わず目を背けそうになった、その刹那だった。
――キィィン、と空間が凍りついたような感覚。
死線の中で、ゼインの集中力は極限を超えていた。 彼は突き出された槍の「刃」を避けるのではない。寸前でわずかに首を傾げ、凶刃が頬をかすめて血を噴き出させたその瞬間――ゼインはあえて大剣を捨てた両手を、猛烈な速度で突き出した。
パシィィィンッ!!!
大気を震わせる乾いた音が響く。
信じられないことに、ゼインの手は、カルミラが全力で放った槍の「刃」のすぐ後ろの「柄」を、ミリ単位の狂いもなく正確に挟み込むようにして、素手でガッチリと掴み取っていた。
「なっ……あ、あり得ないだろ……っ!?」
カルミラが驚愕に目を見開く。
どんな怪物であれ、生身の、しかも丸腰の人間が、己の必殺の突きを素手でロックするなど計算にない。
カルミラが慌てて槍を引き抜こうとするが、万力のように固定された武器は、ピクリとも動かなかった。「……小細工無しの戦いだ。この程度で見失うわけがなかろう」
槍を掴んだまま、ゼインがじわりと口角を上げる。その鋭い眼光は、完全にカルミラを捉えていた。
「しまっ――」
カルミラが武器を手放して後ろへ跳ぼうとするが、ゼインの執念がそれを上回る。
ゼインは掴んだ槍を強引に引き寄せ、カルミラの身体を前へと引っ張り込みながら、空いた片腕の拳を、彼女の体幹へと真っ直ぐに叩き込んだ。
ドォォオオオン!!!
結界を介さない、純粋な肉体同士の衝撃波が爆発する。今度はカルミラの身体が激しく吹き飛び、地面の土を何メートルも削りながら無残に転がった。手放された槍だけが、ゼインの手の中に冷たく残されていた。
カルミラは地に伏せたまま動かなかった。
ナターシャが慌てて駆け寄ろうとすると、ゴロンと上向きに寝転がった。
「はは……、あはははっ! あっぱれだよ、ゼイン……!」
泥にまみれ、胸を強く打たれて吐血しながらも、地面に倒れたカルミラは、悔しそうに、けれどどこか満足げに大声で笑った。だが、身体は動かないようで、手足はだらんとしていた。
「まさか、生身でアタシの槍を掴み取るなんてね……。負けたよ。見事な戦い方だった。私に合わせ自慢の魔力も使わないとはな……っ!!」
「カルミラ様――っ!!」
その瞬間、さっきまで泣きじゃくっていたはずのナターシャが、悲痛な叫び声を上げてカルミラの方へと、また駆け出していった。
ナターシャは倒れたカルミラのもとへ辿り着くと、その場に膝をついて主領の身体に縋り付いた。
「カルミラ様! カルミラ様……っ! あ、ああ、どうしてこんな……っ」
折れた自分の杖のことなど忘れ、主領の無事を必死に確かめている。
カルミラはそんなナターシャを「大袈裟だよ、死にゃしないさ」と苦笑しながらも見つめ、動かない手をほんの少しだけ動かして、彼女の頭を不器用に撫でていた。
この二人敗北と和解を見届け、静まり返る戦場に、ザッ、ザッ、と重い足音が響く。
振り返ると、カルミラの槍を握り締めたまま、地面に突き刺さっていた自身の大剣を引き抜いたゼインが、こちらに向かってゆっくりと歩み寄ってきていた。その全身は泥と砂埃にまみれ、頬や腕のあちこちの切り傷から赤い血が滴っている。
――ずっと安全な無菌室のような結界に守られて生きてきたゼイン。
かすり傷一つ、目に見えない菌一つが、一気に全身を蝕む致命傷になりかねない抵抗力のない生身で、彼は戦い抜いたのだ。
いつもなら傷一つ負わないはずの絶対無敵の王の、あまりにも痛々しく、けれど世界の何よりも誇り高いその姿を、私たちはただ圧倒されながら見つめることしかできなかった。
近づき、カルミラを見下ろしたゼインが、白銀の兵士たちの方へ声を上げた。
「カルミラに手当てを!」
その言葉を聞き、数人の兵士たちが治癒の粉を持ち、鎧の音を激しく立てながら足早に近づいてきた。
……だが、白銀の騎士が近づくと、カルミラは苦痛に顔を歪めながらも、重そうに腕を伸ばし、力ない笑みを浮かべてそれを制止する。
「やめといた方がいい……のではないか。我らはお前たちを何度も潰そうとしてきたのだぞ。
このまま死なせた方……が、お前らのためでは……ないか……」
近づいた騎士は驚いた顔を見せたが、すぐに誇り高く笑みを浮かべた。
「いえ、我らは怪我した人間を救うためにこの薬を活用してまいりました。それがどんな極悪人だとしても、目の前で何もせず死んでいくのを見るのは我々の信念が許さないのです。
あなた方が己の誇りをかけて戦うことと同じですよ……」
兵士の真っ直ぐな言葉に、カルミラはフッと笑い、目を腕で覆って力なく呟いた。
「そうか……」
カルミラはゆっくりと制止の腕を下ろし、白銀の兵士たちにその身を委ねた。
彼らが振りかけた青い粉が柔らかな光となって彼女の全身を包み込み、酷く打ちつけられた胸の苦痛や、全身の生傷を優しく癒やしていく。




