回復された心と身体
「俺は……気を失っていたのか……?」
ゆっくりと開かれたトニーの青い瞳が、まっすぐに私の姿を捉える。
まだ意識が朦朧としているのか、トニーがゆっくり上体を起こそうとするので、それを手を添えて手伝う。
「痛みは? 本当に……大丈夫なの?」
トニーは不思議そうに自分の腕や、さっきまで焼けただれていたはずの身体をあちこち触っている。
「ああ……俺は大丈夫……そうだ。
それより、お前は? ……メアリー、怪我はなかったか?」
「よかっ……た……本当に……っ」
私は堪えきれずに、再び涙を溢れさせた。
トニーは困ったように、けれど愛おしそうに小さく笑みを浮かべ、まだ完全に上がらない手を一生懸命に伸ばして、私のこぼれた涙を不器用にとどめようとしてくれた。
私が涙を拭いていると、いつの間にか隣にきたフランから呆れたような声が聞こえた。
「もうトニーさん、心配させすぎですよっ!!
無駄にメアリーちゃんの気を引こうとしないでください……っ!!」
そう言いながら、嬉しそうにトニーの肩を叩いた。
トニーがそれに対し、「悪かったな」と苦笑している。それを見て、やっと安堵感がじわじわ湧いてきた。
そんな二人のやり取りに目を細めつつ、ふと、カイトとアーサーの様子が妙に静かなことに気がついた。
二人はトニーの復活を喜びつつも、その視線は遥か遠く――激しい金属音を響かせているゼインたちの戦場へと向けられていた。その表情は、明らかな動揺と深い心配に満ちている。
カイトにとっては、ゼインは実の兄。そしてアーサーにとっても、実の兄以上に自分を世話し、導いてくれた大切な存在だ。
誰よりもあの国王の背中を見てきた二人が、どうしてそんな顔をするのだろう、と不安と疑問が押し寄せてきた。
「カイト? アーサー? どうしたの……?」
私の問いかけに、カイトが喉を鳴らし、掠れた声で呟いた。
「……おかしい。兄上が……魔力を一切、使っていない」
「え……?」
その言葉に、アーサーも低く重い唸り声を重ねる。
『カルミラもだ……。二人とも、魔力を完全に封印して、純粋な肉体と肉体だけでぶつかり合っている……』
戦う二人を見つめながら、私の脳裏を最悪の思考が駆け巡った。
桁外れの力を持つ若き国王ゼイン。彼はそのあまりの強大さゆえに、常に自らの身体の周囲に絶対的な魔力の結界を施して生きてきた。
――結界のない、生身のゼイン。
ずっと無菌室のような絶対安全な結界の中で守られてきたゼインの肉体にとって、結界を解いた生身の身体は、いわば【無数の雑菌がうごめく過酷な世界へ、何の防壁もなく放り込まれる】ようなものだ。
「嘘……っ、抵抗力が、ない……!?」
私の言葉に、フランやトニーもハッとした顔になる。
結界を解いた今のゼインは、あらゆる病や、傷口からの感染症に対して極限まで脆い。かすり傷一つ、目に見えない菌一つが、一気に全身を蝕む致命傷になりかねないのだ。治癒の魔法すら拒絶して戦っている今、それは命をドブに捨てるような暴挙だった。
「なんで……なんでそんな無茶を……っ!」
叫びそうになった私の胸の奥に、ある確信がストンと落ちてきた。
カイトも、アーサーも、悲痛な、けれどどこか誇らしげな目でそれを見つめている。
――敬意だ。
女頭領カルミラ。彼女という一人の規格外の強者に対して、ゼインは小細工無しの『生身の自分』で真っ向から応えている。
王としての威厳も、結界という神の盾もすべて捨て去り、一人の対等な戦士として、命を懸けてカルミラに最大級の敬意を払っているのだと、その場にいる全員が言葉なく理解した。




