倒すべき相手
私はそれを見て思わず息を呑んだ。目を逸らしたくなるほどの、あまりにも残酷な姿。
かろうじて息はあるものの、これ以上戦うことなど、どう考えても無理だろう。
容赦なく、またアリコーンが斧を空へ掲げようとしている。
……二発目が来る。
フランがそれを見て、今にも泣き出しそうな、それでいて必死の形相で早口で捲し立てた。
「トニーさんを置いて、ここを離れよう!!」「え……?」
思わぬフランの言葉に耳を疑った。仲間を見捨てるのか、と一瞬だけ胸が凍りつく。
だが、フランは焦りながら、続けて言葉を発した。
「安全な場所に避難させたいけど、この更地にそんな場所はない!! トニーさんを移動させるより、俺たちが動いて奴の気をそらす方が早い!!」
「そうだな……行こう!!」
フランの意図を察したカイトが、そう言ってすぐに動き出す。
アーサーもそれに答えるかのように、激しい唸り声を上げて地を蹴った。
私はトニーから目を離せない状態だったが、引きちぎられるような思いでその場を離れることにした。
走りながら何度も振り返る視界の中で、トニーの身体がだんだんと小さくなっていく。それに比例するように、私の胸の奥で、罪悪感はどんどん大きく膨らんでいった。
すぐに行動したお陰でトニーから離れることはできたが、アリコーンの猛攻は止まらない。
巨大な斧が振り下ろされるたびに地表が爆ぜ、逃げ場のない広場で私たちはただ必死に泥を這うようにして、ギリギリの回避を続けるしかなかった。
「くそっ、キリがない! 攻撃が重すぎるッ!」
フランが息を荒らげながら叫び、間一髪で私の腕を引いて化け物の踏み付けをかわす。
カイトが剣で攻撃しようと試みているが、避けるのが精一杯で一振りもできない。
アーサーも白いたてがみを激しく揺らしながら、獣の本能で避けているが、それも長くはもたないだろう。
全員が傷だらけで、体力の限界は近いのだ。
なぜ、これほど正確に私たちを追い詰めてくるのか。 冷や汗を流しながら、私は必死に戦況を分析しようとアリコーンの巨体を凝視した。
――その時、違和感に気づく。
化け物の凶悪な瞳は、私たちを捉えているようで、どこか焦点が合っていない。まるで機械のように、一定のパターンと不自然なタイミングで武器を振るっているのだ。
――操られている?
私の視線は、アリコーンの背後、崩壊した建物の影へと吸い寄せられた。
舞い上がる砂煙の奥、そこには不敵な笑みを浮かべ、怪しげな魔力を指先から放っている一人の女の姿があった。
「……ナターシャ……ッ!」
……そうだ。あの化け物はただの操り人形にすぎない。ナターシャが杖で魔力を増大し、動かしているんだ。
どれだけアリコーンの頑強な肉体を叩いたところで、本体である彼女を叩かなければ、この地獄は永遠に終わらない。
私は魔剣から炎を噴き出させ、炎の剣を作り上げた。そしてそのままナターシャの方へ……
――いや、どうしても一歩が踏み出せなかった。
炎の照り返しの中で、ナターシャが握り締めているあの杖が嫌でも目に入る。
忘れるはずがない。あれは魔導具の国で、リオールの母親が最後に遺した大切な形見だ。
『メアリーさんを守るために、私はこの杖を使う』 そう言って、誇らしげに、優しく微笑んでいたナターシャの姿が、鮮明に脳裏をよぎる。
これまでも、周りの人たちが正義のためと敵を迷わず殺す姿を見るたびに、胸が張り裂けそうなほど心を痛めてきた。
ましてや、裏切られたとしても、ナターシャは一緒に旅を続けてきた、かけがえのない仲間なのだ。自分を捨てたはずのカルミラに「戻ってこい」と言われ、敵に回ってしまった彼女を、どうしてこの手で殺せるだろう。
殺さなければ、トニーが、みんなが死んでしまう。 分かっているのに、どうしても刃を振り下ろせない。
恐怖と悲しみで、剣を握る手が激しく震え、視界が涙で歪んでいく。
ナターシャの気持ちだってわかるのだ。自分の故郷を、その人々を傷つけられて黙っていられないのはわかる。だが、私だって引くわけにはいかない。
「ナターシャ……!!!」
私の悲痛な叫びが戦場に響き渡る。
砂煙の向こうで、ナターシャが一瞬だけハッとしたように目を見開いた。彼女の持つ杖の先で、アリコーンを操る魔力が不自然に乱れ、化け物の動きが一瞬だけピタリと止まる。
――今しかない。 殺さなければみんなが死ぬ。でも、私は絶対に彼女を殺したくないし、殺すことも出来ないだろう。
……それならば、彼女からその『呪縛』を奪い取ればいい。ナターシャを傷つけることなく、あの悲しい裏切りの元凶である、リオールの母親の杖だけを壊せばいいんだ。
――リオール、ごめん。
もうこのお母さんの形見に合わせあげられない……
私は覚悟を決め、魔剣を両手で固く握り直した。 ぶるぶると震えていた手が、明確な目的を得たことでピたりと止まる。
前世の知識――光を一点に集め、ピンポイントで物質を焼き切る『レーザー』のイメージ。
これまでの全魔力を魔剣へと注ぎ込み、燃え盛る炎を爆発させるのではなく、針の先ほどまで細く、異常な高熱を持った一筋の閃光へと凝縮していく。
「お願い……届いて……ッ!!」
私が全力で魔剣を突き出すと同時に、極細の赤熱したレーザー光線が放たれた。
それはアリコーンの巨体のわずかな隙間を美しく縫うようにして走り、真っ直ぐナターシャの持つ杖へと吸い込まれていく。
パシィィィンッ!!!
高音の破砕音が響き渡り、ナターシャの手の中で、リオールの母親の遺した杖が真っ二つに焼き切られた。
同時に、ナターシャの身体が衝撃で後ろへと大きく吹き飛ぶ。
操り手を失ったアリコーンが、その巨体から全ての光を失い、ドォンと重々しい音を立ててその場に崩れ落ちた。




