戦う理由がある者たち
――ドォオオオッッッ!!!!
上空から巨大な瓦礫と共に、漆黒のマントを激しく翻したゼインの身体が、まるで空から降ってきたかのような凄まじい速度で私たちの目の前の床へと着地した。瓦礫の破片が舞い、視界が悪くなる。
長い階段の上から、槍を肩に担いだカルミラが、その怪物同士の激闘の手応えを楽しそうに唇を歪めて、不敵な笑みを浮かべながらゼインへと向かって大きな声を放つ。
「なんだ、ゼインよ。世界を滅ぼす王ともあろう者が、私との戦いを投げ出してもう終わりか? ……まさか、そっちの出来損ないの家畜どもの手助けに、今さら這い下りていくわけじゃあるまいな」
ゼインは大剣の白刃を床に突き立て、背後のカルミラへと向けてフッと、至高の笑みをその唇に浮かべた。
「クク……。この俺が手伝うわけがなかろう。……何せここには、強い、強い、トニーやフランという、騎士たちが揃っているのだからな」
「おい、ゼイン!! なんかそれ、めちゃくちゃ嫌味にしか聞こえないんだけどっ……!! ていうかそんな意地悪言ってないで、早くこっち手伝ってよ〜!!」
包囲を崩そうと白刃を構えていたフランが、ゼインのその極上の煽りセリフに対して、戦場とは思えないほど情けない声を絞り出した。
隣にいたトニーは、あまりにも潔いその甘えっぷりに、本気で呆れ果てた顔をして、フランへと白い目を向ける。
「……おい、フラン。お前、一国の騎士としてのプライドとか、そういうものは頭の中にないのかよ……」
すると、フランは泥塗れの顔の中で、瞳をこれ以上ないほど限界まで丸く見開いて、トニーへと間髪入れずに即答してみせた。
「何言ってるんですか、トニーさん!! プライドなんてものがいくらあったって、殺されて命がなくなったら、人間はそこで死ぬんだよっ!? ……それよりも、それよりさぁ……っ!!」
フランはガバッ!!!と弾かれたように、私のショートヘアになった頭へとチラッと視線を向けた。
その瞬間、私の深い緑色の瞳と、その血走った青い瞳が真っ正面からぶつかり合う。
「僕は、今……、引き裂かれるような傷心の真ん中にあるんだよぉおおおっ!!! あんなにお日様みたいに眩しくて綺麗だった、メアリーちゃんの金の美しい長い髪が、こんなに短くなっちゃって……っ!!!
え!? ちょっと待って、それ僕の髪の長さと同じくらい!? いや、もしかして僕より短いっ!? あーーーっ!!!! ダメだ、床に散らばったメアリーちゃんの切った髪の毛、今すぐ全部1本残さず回収しなきゃっ!! どこ!? ねえ、どこにあるの!? やっぱり、さっきの階段の上のカルミラの足元にあるのっ……!?」
カルミラの兵士たちの首を一瞬で撥ね飛ばしていたあの冷酷な戦鬼はどこへ行ったのか、完全にただの「髪の毛ストーカー」と化して大広間の床をキョロキョロと探し回る。
私はその全力のバグりっぷりを見て、クスッと胸の中からおかしさが込み上げ、あえて先ほどフラン自身が言ったセリフをそのまま綺麗にお返しするようにして、朗らかに話しかけてあげた。
「もー、落ち着いてよ、フラン! 髪の毛なんか、すぐ元通りに生えてくるって!! ……いい? いくら綺麗な金の髪があったって、命がなくなったら、人間はそこで死ぬんだよ〜?」
「だってえ〜……、メアリーちゃんの髪の毛ぇ〜……」
「――さあ、カルミラ殿!! 下らないお遊びの時間は完全に終わりだ!!」
ゼインは大剣を肩に担ぎ直すと、大広間の天井の瓦礫を弾き飛ばし、階段の上の女首領へと向かって大気をも震わせる王の咆哮を張り上げた。
「これ以上そこで縮こまっていないで、さっさとその特等席から下の床へと下りてこい!! 俺たちが命を懸けて刃を交えるには、その長い大階段の頂点など、あまりにも狭すぎるというもの。
……俺たちの死闘は、この広大な場で、のびのびと、全力を解放してやろうではないか!!」
「フッ……! ハッハッハ……!! なるほど、隣国の王よ、そなたにしては随分と威勢の良い、最高に気の利いた誘い文句ではないか!! ……いいだろう、その身の程知らずなお言葉に甘えさせてもらおう!!」
ドスッッッ!!!!!!!
カルミラはそう不敵に言い放つと、玉座の前から大広間の床の上へと向かって、躊躇いなくその体を投げ出して飛び下りてきた。
手にした魔導石の眠る黒い槍を構え、凄まじい地響きと大理石を爆砕するような衝撃波を伴って、ゼインの真ん前へと豪快に着地してみせる。
「――仕掛けるぞ、みんなっ!!」
トニーのその力強い大号令を合図にして、戦場は完全に二つの極限の死闘へと分断された。
私とトニー、フラン、カイト、アーサーの5人は、頭上から蠢く漆黒の魔獣アリコーンへと、一斉に自らの白刃を向けた。
そしてそのすぐ真横では、ゼインがカルミラの放つ黒い槍の刺突へと向かって、己の巨大な大剣を獰猛にきらめかせて真っ向から突撃し、怪物同士の火蓋を切って落とした。
バキバキ、と音を立てて完全に崩れ落ちた、大広間の広大な天井。
皮肉にも、ナターシャの放った破壊の魔力によって、私たちを閉じ込めていた冷たい建物の屋根はチリ一つ残さず吹き飛ばされていた。遮るものの何もなくなった頭上からは、濁った昼下がりの光ではない、眩いばかりの本物の太陽の日の光が、血に染まった大広間の床の上へと一斉に神々しく差し込んできていた。
見上げる天空には、どこまでも澄み渡るような、美しい本物の『青空』が、私たちの戦場を祝福するかのようにして一面に広がっている。
――さっきまで、あれほど私を絶望の底に突き落としていた、窓の向こうの綺麗な空。
だけど……大好きな仲間たちの温かい背中がすぐ目の前にある今、この降り注ぐ日の光は、もう私の心を曇らせる残酷な暴力なんかじゃない。
過去の後悔も、世界を狂わせた罪も、すべてをこの背中に背負い直して、大切な未来を自らの手で力ずくで奪い返すための――私たちの、最高の逆襲の青空に見える。
私は短くなった金の髪を風に激しくなびかせ、右手の折れた魔剣から燃え上がる炎を爆発させながら、トニーたちと共に、最悪の魔獣へと向かって真っ直ぐに大地を蹴り跳んだのだ――!




