新たな刺客
不気味な軋み音を立てて完全に開け放たれた扉の先――。
薄暗い暗闇の向こう側にぽつんと立っていたのは、アリアから受け継いだあの神聖な魔導杖を小さな手で強く握りしめ、全身を激しい怒りと絶望にガタガタと震わせている、ナターシャの姿だった。
ナターシャは、床の上に半分以上も無残に倒れ伏している自らの故郷の兵士たちの惨状をその紫色の瞳に映し、信じられないものを見るように声を震わせた。
「なんで……。なんで、こんな酷いことをするのですか……っ。……私の、私の大切な故郷の仲間たちを、みんなでこんな無残に傷つけるなんて……っ!!」
「ナターシャ……っ!!」
私は、彼女の誤解を解くために大理石の床を踏みしめて今すぐその傍へと近寄ろうとした。
だが、ナターシャの身体から滲み出てくる尋常ではない次元の殺気をいち早く察知したトニーとフランの二人に、衣服の袖を力任せにガシッ! と掴まれ、それ以上の前進を強引に阻まれた。
「ダメだメアリー、近づくな!! 今のあいつは完全に理性を失って暴走しかけてやがる……っ!!」
「ちっ……! あの杖の魔力が、怒りに呼応してデタラメに膨れ上がってやがりますよ……っ!」
トニーとフランが白刃を構えて身構えた、まさにその瞬間だった。
それまでカイトたちと死闘を繰り広げていた残りのカルミラの兵士たちが、杖を構えるナターシャの姿を見た途端、一瞬にして顔面から血の気を完全に失わせた。
手にした剣を次々と床へと放り投げると、
「ひっ……! あのハーフの出来損ないが、杖の力で本気でブチ切れたぞ!!」
「巻き込まれたら肉の一片も残さず消し飛ばされる、逃げろ、我先にと大広間から外へ逃げ出せ!!」
と、狂ったように叫び声を上げ、戦うのをやめて大広間の正面扉へと向かって、一斉に蜘蛛の子を散らすようにして逃げ出し始めたのだ。
一族の兵士たちが逃げ惑うなか、ナターシャは感情を失った虚ろな瞳のまま、杖を握る右手を天空へと高く、高く掲げた。
「――お前たち全員、絶対に……絶対に許しません……っ!!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオオオオッッッ!!!!!
大広間全体を激しく揺るがす、凄まじい地響きが足元から鳴り響く。杖から放たれた強烈な重力の魔力によって、絢爛豪華だったはずの大広間の天井の木枠や大理石が、バキバキと音を立てて脆く崩れ落ち始めた。
凄まじい砂埃と瓦礫が上空から降り注ぐその最中。
へし折れて完全に崩落した天井の広大な隙間から、世界を狂わせるアーシュの闇を浴びて変貌した、あの三本角の漆黒の魔獣アリコーンの、悍ましすぎる巨大な顔面が、獲物を定めるように上空からぬっと不気味に姿を現したのだった。
「――っ、き、きもぉおおおおッッッ!!!」
崩落した天井の隙間から覗く、あの漆黒の魔獣の悍ましすぎる顔面を見上げた瞬間、誰よりも早くフランが我を忘れた本気の悲鳴を大広間に響かせた。
フランは、手にした白刃を天空に向けながら、激しい拒絶の声をまくし立てる。
「まじで無理無理無理無理、絶対に無理っ!!
俺の綺麗な瞳には、あんな気持ち悪い化け物なんか映しちゃダメなんだってば!! 早く、早く誰かあいつの顔面をチリ一つ残さず綺麗にすり潰してよぉおお!!」
そのフランの絶叫の横で、激しい大乱戦を終えたばかりのカイトが、大きく息を切らしながらもその薄赤の瞳を鋭く細め、再び力強く刀を構え直した。
「ふぅ……。だが、あの化け物が天井をぶち破って降臨してくれたお陰で、周りの邪魔な雑魚兵どもは全員外へ逃げ去ってくれた。
……お陰で、この大広間の一体に戦力を100%集中させることが出来るな……っ!!」
ガルゥウウウウオオッッッ!!!!
カイトの不敵なセリフに呼応するようにして、白いライオンのアーサーが、大広間の大気をビリビリと激しく引き裂くような、王族としての強烈な咆哮を天空へと吠え猛り始めた。
私は――その仲間たちの頼もしすぎる背中を見据えながら、彼らの覚悟に遅れを取らぬよう、右手に握りしめたあの折れた魔剣の柄へと再び全魔力を込めた。
ゴォオオオオオオッッッ!!!
私のその強い意志に応えるようにして、折れて完全に失われていた刃先の残骸から、夜の闇を眩く焼き尽くすような炎の刃が再び勢いよく噴き出し、完璧な一本の炎の聖剣がその姿を現した。
その私の、王女としての本気の戦闘の構えを目撃した瞬間、隣にいたトニーが心底驚いたような顔をして大慌てで私を振り返った。
「い、いや、待てメアリー!! お前はまだ手枷の呪いも残っているし、それに……っ!」
「――何がダメなの、トニー?」
私は左手首の手枷を強く握りしめ、自分を心配してくれるトニーの深い青い瞳を真っ正面から真っ直ぐに見据えて、王女としての高潔な笑みをその口元に浮かべた。
「どうしてそんなに私を止めるの?
……私だって……、あのゼインやカイト、アーサーたちと、生まれた国こそ違えど、みんなと同じ、国を背負う誇り高き――『王族の血筋』の女よ。ただ黙って指を咥えて助けを待つだけの、可愛いお姫様だと思わないで頂戴」
その、先ほど自分たちが交わしていたリスペクトの言葉をそのまま綺麗に突き返されたトニーは、一瞬だけ呆気に取られたように私を見つめ――次の瞬間、騎士としての最高の、これ以上ないほどに不敵な笑みをその口元へと全開に浮かべてみせた。
「――……ははっ。本当にとんでもなく強欲で、圧倒的に頼もしい俺たちの姫様だ。
……よし、それでは始めようか、メアリー。俺たちの戦いをなっ……!!!」
トニーのその力強いセリフを合図にするように、フラン、トニー、カイト、アーサーの4人、そして炎の剣を纏った私の全員が、アリアの杖を掲げるナターシャと、天井から蠢くきもすぎるアリコーンへと向かって、一斉に、無慈悲な逆襲の牙を剥いて突撃を開始したのだった――!!!




