明らかになった真実
トニーのその必死の現実逃避の言葉を聞いて、カルミラはフフ、と、哀れむように美しく笑った。
「他国の人間というのは、本当に知識がなくてめでたいな。この世界はな、表面に水があろうと何があろうと、全て『地』の底で繋がっているのだよ。
どれほど深い湖であろうとも、その遥か水底には広大な大地があるだろう?
あの城から溢れ出た闇は、湖の底を伝って、今この瞬間もこの世界のバランスを激しく狂わせ、侵食し始めているのだ。
……まあ、世界の果てから滲み出るその微かな異変を正確に感じ取ることができるのは、この世界において、私とゼインくらいなものだがな」
その言葉を聞いた瞬間、背後にいたフランがハッと息を呑み、絶望的な声を口にした。
「まさか……。あの時、俺たちの前に突然現れて襲ってきたあの巨大な『モグラ竜』の暴走も……」
「ああ、見たのか、アレを。それだけじゃない、お前たちの目の前でおぞましい漆黒の姿に変わり果てていた、我が一族の至宝アリコーンもそうだ。
あれは本来、白く美しい聖獣の姿をしており、かつては戦うことなど到底できやしない穏やかな生き物だった。
……だが、地の底から漏れ出た闇の魔力を全身に浴びた結果、あのような凶悪でおぞましい魔獣へと変貌し、そのお陰で、我々がその圧倒的な暴力を使って他国を蹂躙し、手に入れることが容易になったのだ」
「そんな……、まさか、あいつの闇のせいで……」
「それだけではないぞ。人間にも動物にも姿を自在に変えることが出来るという、『幻獣の国』の種族が、今や人間の姿に戻れなくなっているのだろう?
そうやって、漆黒の闇は世界中のあらゆる魔力のコントロールにさえ、影響を及ぼし始めている。
……確実に、世界はお前たちの知らないところで、根底から狂わされはじめているのだ」
「――だからって、何もメアリーちゃんのせいではないだろうっ!!! アーシュがああなってしまったのは、仕方のないことで……あの日だって、俺たちは……っ!!」
フランがその美しい青い瞳を激しい怒りに血走らせ、床を踏みしめてカルミラへと真っ向から反論する。
「ハッハッハ……!! 頭の悪い奴は、いつでも自分に都合の良い綺麗な言い訳ができて良いな!
いいか。この女はな……」
「もうやめろ、カルミラッッッ!!」
またしてもゼインがその大きな大剣を素早く空中に振るい、カルミラの脳天へ向かって容赦なく全力で振り下ろした。だが、カルミラは傍に転がるあの黒く太い槍を、片手で軽々と手に持ち――ガキィイイイイインッ!!! という大広間全体を激しく震わせる金属音と共に、ゼインの怪力の一撃を、正面から簡単に受け流してみせた。
カルミラはゼインの大剣を槍の柄でいなしながら、また、呆然と立ち尽くす私の方へとその漆黒の瞳を向け直した。
「お前の最愛の弟は、潜在意識の奥底でお前のことを愛していたからこそ、あの戦場でお前に対してだけは、決して直接手を出そうとはしなかったのだろう?
――ならば、あの時、お前の手にはそいつを殺すチャンスが、いくらでも残されていた筈だ。
世界を救うために、お前があの場で弟を確実に殺しきってさえいれば、世界の崩壊はそこで綺麗に止まっていた」
「あ……」
「だが、お前は『身内を殺したくない、死なせたくない』という、くだらん優しさか、あるいは王女としての個人的な甘い感情に流され、そいつを殺すことを拒んで、皆にあの場からの『退避』を命令した。
……お前のその、たった一つの温い決断のせいで、その闇は世界中へと漏れ出し――この世界は完全に狂ったのさ」
ゼインが、カルミラに向かって悲痛な声を張り上げた。
「いや違う!!! あの場で全員の身の安全を案じ、一時退避するようお前に進言したのは……この俺だ!! メアリーのせいではない!!」
「フン……。何一つ、違わないだろう。周りにどんなに耳障りの良い言葉を進言されようとも、あの場で『退避』の最終判断を下したのは、他ならぬこの女だ。この女の命令一つで、お前たち全ての兵士たちの身が動いたのだからな。
……それに、お前たちの下したその温い決断を、お前たちの国のすべての人間が、本当に心の底から支持していたわけでもないだろう?」
すべてを見透かすような、悪魔のような漆黒の瞳。 そのカルミラの眼差しによって、私の瞳が、完璧に正面から射すくめられた。
――確かに、カルミラの言う通りだった。
トニーは、あの日の私の「アーシュを置いていく、殺さない」という選択に、最後まで納得がいかず、激しい疑問と悔しさを持っていた。
あの日、トニーがそこまで悔しがっていたということは……私の命令に従って退避した、他のみんなや、他国の兵士たちの中にも、本当は私の命令を「間違っている」と考え、不満を抱いていた者たちが、他にもたくさんいたのかもしれないのだ。
私のその、誰も死なせたくないという優しさが、結果として仲間たちの心を傷つけ、世界を滅ぼそうとしている。そのあまりにも重い現実が、私の胸の中を絶望で満たしていった――。




