仲間たちが守るもの
キィィイイインッッッ!!!
私の右腕が自らの左手首を焼き切らんと振り下ろした、まさにその刹那だった。
大広間の空間そのものを激しく切り裂くような、鼓膜を劈くすさまじい金属音が大音量で響き渡る。
目にも留まらぬ、瞬き一つの瞬間だった。
私の目の前に、あのゼインが超速度で突如として現れていた。ゼインは、私の首を狙うカルミラの短剣ではなく――他ならぬ、私自身の手首を骨ごと焼き千切ろうとしていた、私の『炎の聖剣』を、己の強靭な刃で強烈に弾き飛ばしたのだ。
私の魔剣は一瞬にしてその紅蓮の炎を失い、ただの折れた鉄屑の残骸に戻りながら、大広間の空中を無残にクルクルと舞って床へと転がっていった。
「ゼイン……っ」
あまりの衝撃に、私は床の上で息を呑んでゼインの顔を見上げた。
私のすぐ真正面で、真っ直ぐに私に目を向けているゼインの瞳は……。
これまで戦場のどんな地獄を前にしても、冷酷に、退屈そうに面白がって笑みを浮かべていたあの男の真紅の瞳は――今や、今度こそ本気で、引き裂かれるような深い『悲しみ』の色だけで満たされきっていた。
ゼインはもう、その端麗な唇に歪んだ笑みなど一切浮かべてはいなかった。その痛々しいほどの瞳で私を真っ直ぐに射すくめながら、私の無謀な自傷行為を拒絶するように、静かに、軽く首を左右に横に振った。
「もう……、頼むから、やめてくれ、メアリー……。
……これ以上、俺の目の前で、お前自身の手でその綺麗な身体を傷つけるような真似は……。
……俺の心が、どうしても耐えられんのだ……」
ゼインは、これ以上の自傷を完全に拒絶するように優しく、けれど諭すような強い声音を響かせながら、床の上に座り込む私の両肩へとその大きな手をそっと置いた。
「――しっかりしろ、メアリー。……何故そうやって、いつも自らを犠牲にして真っ先に一人で傷つくことばかり考えるのだ。お前が目の前で血を流し、傷つく姿を見て、胸を引き裂かれるような痛みに耐えられないのは……何も、この俺だけではないぞ」
ゼインが、その顎で静かに指し示した方向。
大理石の階段を上り詰めたその先、私を今すぐ救い出さんと剣を構えるトニーと、血塗れのフランの二人の姿が、私の熱い涙の視界のなかに映り込んだ。
二人は――私なんかよりも遥かに辛そうで、今にもボロボロと泣き出してしまいそうなほどに激しい絶望に引き裂かれた表情を浮かべて、私の左手首を見つめていたのだ。
――……あ、そうだ。私は、なんてことを……。
頭の奥を、強烈な罪悪感が殴りつける。 私がこの世界へと転生してくるよりも前、この肉体の本物の主であった『メアリー王女』は……自分の身に宿る強大すぎる魔力が、いつか周りの大切な人たちに甚大な被害を与えてしまうことを深く危惧し、みんなを守るために、かつて、自らその尊い命を絶ってしまったのだ。
トニーたちにとって、大好きなメアリーが「自分たちのために身を挺して自死を選ぶ」という光景は、魂に深く刻み込まれた、二度と繰り返したくない最悪のトラウマだったはずなのに。
……私は、皆を救うためという大義名分を盾にして、またしてもあの日の凄惨な地獄の記憶を、この愛すべき仲間たちの目の前で見せつけようとしてしまったのだ。
「……ごめん。ごめんなさい、ゼイン……っ、みんな……っ!!」
私は自分の下した軽率な判断の愚かさに胸を締め付けられ、喉の奥からなんとか謝罪の言葉を絞り出したが、紡いだ言葉よりも先に、溜まっていた熱い涙がポロポロと大粒の雫となって床の上へとこぼれ落ちてしまった。
そんな私の涙を見て、ゼインは、これまで過酷な旅の途中で幾度となく私を窮地から救い出してくれた、あのいつも通りの底なしに優しい眼差しと極上の笑顔を私へと向け、厳かに、けれど最高に頼もしい決意の言葉を美しく紡いだ。
「――メアリー。お前の、王女としての命がけの『出番』は、今この瞬間を以てすべて終わりだ。……これからは、この俺たちに、すべての泥仕事を任せるがよい」
私が床の上で涙を拭きながら、もう二度と自分を安易に犠牲にしないと心から力強く頷くと、ゼインは優しく大きな手を差し伸ばし、私の華奢な身体を大理石の上へとそっと立ち上がらせた。
「……よく頑張った、メアリー」
ゼインは私の頭を一度だけ無造作に撫でると、私を自らの強靭な背中の後ろへと完璧に庇い隠し、正面にいる一族の女首領カルミラへと、その堂々たる体躯を真っ直ぐに向け直した。
担ぎ直された巨大な大剣の刃が、差し込む濁った昼下がりの光を浴びて、ギラリと冷酷に、そして禍々しくその白刃をきらめかせる。
ゼインの深紅の鋭い瞳と、カルミラの底知れない漆黒の瞳が、大広間の長い階段の頂点で真っ向からピタリと交差した。
「――さあ、始めよう。……この世界でたった二人しか残されなかった、俺たちの本当の『戦い』をな」
ゼインのその地を這うような低い声音を合図にするように、長い階段の下、そしてこの絢爛豪華な大広間の空間全体が、これまでにないほどの凄まじい激闘に向けて、激しく、不気味に鳴動し始めたのだった――。




