己の命より大切なもの
「そうか……! お前、服の裏でこれほどの『炎』を隠し持っていたというのか!!」
カルミラは、驚きを通り越した純粋な好奇心によって、その漆黒の瞳に愉悦の喜びを満たしているように見えた。その瞳は、私の右手に燃え盛る炎の白刃を、まるで珍しい玩具でも眺めるかのように心底面白そうに見つめている。
だがカルミラは、すぐにその瞳にぞっとするほど冷酷な氷の色彩を纏わせると、床の上の私へと残酷な視線を落とした。
「……で? それが一体何になるというのだ。
手枷がなければ私に傷一つくらいつけれたかもしれないが、今のお前は私に攻撃することは出来んぞ」
カルミラが完璧な勝利を確信し、冷たく私を嘲笑った――まさに、その瞬間だった。 私は、自分の手首にカチャリとハメられた金属の冷たさを感じながら、その口元へと、最高に不敵で、最高に気高い笑みを浮かべて答えた。
「――いいえ、カルミラ。私の狙いはね、最初からあなたなんかじゃない……『こっち』よ!!」
そう言い放った瞬間、私は右手の炎の剣を、カルミラに向けるのではなく――自らの金の髪を鷲掴みにしているカルミラの腕の、すぐ真下の位置へと躊躇いなく滑り込ませた。 そして右腕に全魔力を込め、一気に、自らの長い金の髪を力任せに横一文字に走り裂いた。
バサッッッ!!!!
一瞬の閃光と共に、私の頭皮を縛り付けていたあの長い髪が、根元から強烈に切り落とされた。頭がふわっと信じられないほどの軽さを取り戻し、自由の感覚が脳内へと広がっていく。
切り離された金の長い髪の切れ端が、大広間の橙色の灯火のなかで、キラキラと星屑のように眩しく輝きながら虚空へと散っていく。一瞬だけ、炎の剣の熱によって切り口に火がついたものの、それは風圧に揉まれてすぐに消えていった。
カルミラの左手によって、床の上へと乱暴に投げ出される。
大理石の上に立ち上がった私の髪は、今や肩につくかつかないかという程の短さになっており、力任せに切り裂いたせいでその長さはバラバラで、他人から見れば酷く歪で無残に見えるだろう。
――だが、私の心は、あの日、国を旅立ってからというもの、今が一番、最高に晴れやかだった。
私はドレスの裾を翻してカルミラと真っ向から対峙すると、右手の炎の剣を、その喉元へと真っ直ぐに突き立てた。
「――そんなに私の髪が欲しいというのなら、その束のまま、あなたにそっくり差し上げるわ!!」
カルミラの大きな左手の手のひらには、切り落とされた私の金の髪の束だけが、虚しく残されていた。
カルミラは、自分が完璧に飼い慣らしたと思っていたお人形の放ったその凄まじいカウンターの気迫に、一度だけ大きく目を見開いた。だが、次の瞬間には、面白くて仕方がないといった様子で笑いを堪えきれない声音を響かせ、喉を鳴らし出した。
「クックック……! アッハッハ!! なんと面白い、なんと傲慢で強欲な姫君だ……っ!!
お前という女が、ますます何が何でも我が手元に欲しくて堪らなくなったわ!!」
カルミラが玉座の前で狂ったように笑い声を上げる。
だが、もうカルミラには、私を肉の盾にして男たちを脅す言い訳は、何一つ残されていなかった。
私のすぐ背後には――。
誰よりも早く大階段を上り詰めていたゼインを筆頭に、水面下の白刃を構えたトニー、そして髪を傷つけられた怒りで完全に戦鬼へと変貌したフランの三人が、カルミラを今すぐチリ一つ残さず八つ裂きにせんと、その白刃をギラギラと冷酷に輝かせて完璧な殺陣で構えていたのだった。
「ハハハ……! まだそれが分からないのか? お前がこの先、どれほど無様に足掻こうとも、その絶対的な手枷の呪いがある限り、お前は私の肉体に、何一つ攻撃を仕掛けることなど出来はしないと言っているではないか」
カルミラは私の喉元に短剣を向けたまま、勝利を確信して傲慢に言い放った。
確かに、カルミラの言う通りだった。私がカルミラに向けて憎しみのままに炎の剣を突き出そうとすると、左手首の手枷がカチリと禍々しく脈打ち、私の全身の筋肉を縛り付けて、それ以上の動きを本能的に完全にロックしてしまうのだ。
これでは、どれだけ背後に最強の騎士たちが控えていようとも、到底戦うことなど出来はしない。
……だが、その動かない腕を見つめながら、私はハッと、ひとつの重大な事実に気がついた。
「――じゃあ。……こうしたら、どうかしら?」
自分の口から出たとは思えないほどに低く、ぞっとするほど冷たい声が、自然と私の唇から滑り出た。
――左の手首を、この炎の白刃で今すぐ根元から焼き切ればいい。 ……それで、私は死ぬかしら?
現代の世界において、自殺する時に手首の動脈を切るのはあまりにも定番だ。そこには太い大きな動脈が走っている。
……だが、あのガルシアのように、切り落とされた瞬間にゼインの治癒魔法や、私の元看護師としての医学知識で『すぐに適切な止血処置』を施しさえすれば、失血死する前にギリギリで命を繋ぎ止めることは、理論上は可能なはずだ。
それに、例えこのまま最悪の失血死を迎えることになったとしても……。
あのカルミラの従順な『物言わぬ奴隷』として、自分の精神を殺されたまま一生を家畜のように飼い殺されるくらいなら――ここで誇り高く自らの手を切り落として死んだ方が、何千倍も、何万倍もマシよ……っ!!!
私は、右手に握りしめた炎の聖剣を、カルミラに向けるのではなく――私自身の、あの禍々しい金属の手枷がハメられた、左の手首の皮膚のすぐ真下へと躊躇いなく沿わせた。
そして、自分の肉体を骨ごと焼き千切る覚悟を込めて、剣を握る右手に限界突破の魔力を込める。
ゴォオオッッッ!!
炎の聖剣は、主君である私のその凄まじい命がけの狂気の波長に呼応するようにして、その刃の炎を一気にボワァッ!と何倍にも激しく増大させた。




