花嫁の英断
カイトは迫り来るカルミラの軍勢へ向けて鋭く剣を抜き構え、隣のアーサーは地響きのような低い唸り声を上げながら、いつでも敵の喉笛へ飛びかかることが出来るよう、その巨大な四肢を低く深く構えていた。
異変を察知した広間内の兵士たちが、四方八方から怒号を上げて一斉にこちらへ集まってきている。トニーたちの逃げ道を完全に塞ぐようにして、剥き出しの刃を持った獰猛な人間の壁が、みるみるうちに構築され始めていく。
その最悪の瞬間、先頭に立つカイトが引き裂くような声を張り上げて叫んだ。
「トニー!! フラン――ッ!! お前らは今すぐ、あの長い階段の上へ行けっ……!! ここは、アーサーと俺の二人で食い止めてやる……っ!!」
トニーは、自分たちを包囲しようとするカルミラの兵士たちの圧倒的な数を見て、騎士としての激しい戸惑いと躊躇いを見せた。
「何言ってんだよ、カイトっ!! お前は羽根が折れているし、アーサーだって獣のままだろっ! お前ら二人だけで、この尋常じゃない人数を相手にできるわけが――」
「――いいから、今この瞬間、何を最優先にすべきか考えろっ!!!」
カイトはトニーの反論を力ずくで遮るようにして、血を吐くような凄まじい言葉を大広間に響かせた。薄赤の瞳を激しく燃え上がらせ、これからのすべてをトニーたちに託すようにして叫ぶ。
「目の前の兵士をすべて殺し尽くすことが出来たとしても、階段の上のメアリーが奪われてしまったら、何の意味もなくなっちまうだろっ!!」
そのカイトの、己の身を顧みない命がけの叫びに、トニーがなおも動揺を捨てきれずにいると、そのすぐ隣から、冷徹に刃を構えたフランの鋭い声音がトニーの鼓膜へと突き刺さった。
「――行こう、トニーさん。……こいつらの覚悟を、今は信じよう」
フランのその言葉を合図にするように、カイトとアーサーの二人が、獰猛な咆哮と共に、迫り来る兵士たちの壁に向かって正面から激しく突撃を開始した。その男たちの背中を見据えながら、トニーは激しい悔しさを奥歯で噛みしめ、メアリーを奪還するために、フランと共に大理石の長い長い大階段を猛然と駆け上がり始めたのだった――。
――――――
カルミラは私の首の喉元を、わざと死なない程度の絶妙な強さで冷酷に締め付け、消えない苦しみと窒息の絶望を与えながら、その漆黒の視線を私に固定したまま、大広間に響き渡る声で低く口を開いた。
「他国の王ともあろう者が、二度までも神聖な婚礼の壇上へと上がってきて我が儀式を邪魔するとはな。……無作法にも程があるぞ、ゼイン」
私が苦しみのなかで、階段の方へと目線だけをどうにか動かすと、長い大理石の階段を上り詰めたゼインが、その巨大な大剣をいつでもカルミラの首を撥ねられる姿勢で、鋭く抜き構えているのがはっきりと見えた。
するとカルミラは、私の抵抗を封じるように、右手で私の長い金の髪をまるで捕らえた獲物を衆人に晒し上げるかのように雑に、力任せに上方へと掴み上げた。そして、左手に日の光でギラリと光る婚礼の短剣をしっかりと握り締めたまま、ドレス姿の私を完全に肉の盾にしながら、ゼインの正面へとその強靭な身体を向けた。
「いった……つぅ……っ」
この国へ初めて来た日の、あの初対面の時と全く同じように力任せに髪を引っ掴み上げられ、頭皮を引きちぎられるような鋭い激痛が脳裏を走り抜ける。
階段のすぐ上で私を救おうと構える、ゼインの凄まじい怒りの込められた深紅の瞳と真っ向から視線が交差した。
けれど、私がカルミラの完璧な盾にされているせいで、下手に動けば私に刃が届いてしまうことを瞬時に悟り、微動だにできないようだった。
そしてそのゼインのすぐ後ろには、大広間の兵士たちの壁を突破したトニーと、血塗れのフランの二人も、凄まじい殺気を剥き出しにしながら続いて階段の頂点へと到達していた。
「あなた……。本当に、人の髪を物みたいに乱暴に掴むのが大好きなのね」
私は頭皮を引き裂かれるような激痛を気合いで耐え抜きながら、手首の手枷を握りしめ、至近距離にあるカルミラの漆黒の瞳を真っ直ぐに睨み上げた。
「ふふ、そうだな。我が一族の住まうこの暗い国において、お前のようなお日様の光を浴びた金の髪というのは、滅多にお目にかかれない極上の至宝なのだよ。
婚姻によって、この美しい髪も私の完全な所有物として手に入るとは、本当に嬉しい限りだ」
「――っ、メアリーちゃんから、その汚い手を今すぐ離せぇええええええっ!!!」
階段のすぐ上で、今にもカルミラを八つ裂きにせんと、フランの理性を失った怒り狂った絶叫が大広間に響き渡る。
「ハッハッハ……離すものか、愚かな騎士よ! この盾を離せば、お前たちは飢えた獣のようにすぐ私に飛び込んできて、その刃を突き立てるのだろう?
……こうしてお前たちの最愛の主君を私の肉の盾にしておきさえすれば、お前たちは指一本動かすことすら出来ない。無様に行き場のない殺意に震えるお前たちの姿を、この特等席から眺めていられるのは最高に愉快だな」
カルミラはゼインたちを鼻で笑うと、再び、剣を持ちながら左手の爪を私の首元へと優しく滑らせながら、耳元で愛おしそうに囁いた。
「なぁ、メアリー。上から見下ろすのは、本当にいい眺めだろう? お前を命がけで救いに来たこいつらの目の前で、お前がじわじわと大蛇のタトゥーによって私の精神へと完璧に侵食され、心も身体もただの物言わぬ奴隷になっていく様を、最前列でたっぷりと見せてやろうではないか」
カルミラが完璧な勝利を確信し、世界で一番傲慢な笑みを浮かべた――まさに、その一瞬の隙だった。
私は、純白のウェディングドレスの懐の中に密かに隠し持っていた、あの戦いで無惨に『折れてしまった魔剣』の柄を、右手で一瞬にして引き抜いた。 カルミラはその私の小さな抵抗の動きを目にしても、その漆黒の瞳を僅かに細めるだけで、驚きもしない様子で鼻で笑った。
「フン……。そんな刃先の折れ飛んだ、ただの鉄屑の残骸を今さら隠し持って、この私を相手に一体何になるというのだ。お前がそんなものを懐に忍ばせていたことなど、私が気づいていないとでも思ったか?」
「――いいえ、カルミラ。……これは、ただの鉄屑でも、ゴミでもないのよ」
私は、これからの大逆転のすべてをその瞳に宿しながら、カルミラへと最高に不敵な、王女としての気高い笑みを突き返した。
「――こうやって、使うものなのよっ!!!」
私は折れた魔剣の柄を握りしめるその右手に、私の中に眠る中途半端な魔道具製造の魔力を、折れた魔剣を触媒にして、限界までブワアッ!!!と一気に爆発させて込めた。
ゴォオオッッッ!
次の瞬間、爆音と共に、折れて完全に無くなっていたはずの魔剣の刃先の形を完璧に補うようにして、夜の闇を眩く焼き尽くす、強烈な【炎の刃】が美しく虚空へと燃え上がり、一瞬にして完璧な一本の『炎の聖剣』が出来上がったのだった――。




