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異世界転生した看護師の規格外な冒険物語 ※なお、スキルに頼れたのは最初だけ(悲)〜冒険編〜  作者: VANRI


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花嫁の決心

 カルミラが婚礼の短剣を手にするため、一族の兵士の元へとゆっくり足を進め始めた。


 ――今だ……、動くなら今しかない……っ!!!


 私は恐怖で凍りつきそうになる肉体に鞭を打ち、大理石の台座から素早く立ち上がると、精一杯にその両腕を前方に伸ばして、玉座の椅子の横にあるカルミラのあの黒く太い槍を、自らのこの手で掴むことに成功した。


 だが、その槍の重量は凄まじく重く、私の非力な腕力では床から持ち上げることすら到底できなかった。


 ――よし……っ!! 例え今すぐ持ち上げられなくても、触れさえすれば、後は私の中にある魔力を増大させて……っ!


 だが、私のその勝利の確信が脳裏に過った、まさにその刹那だった。


 それは、文字通り目にも留まらぬほどの圧倒的な超速度だった。私は細い首の喉元を真正面から強烈な怪力で鷲掴みにされ、そのまま逃げ場のない大理石の地べたへと、背中から激しく投げつけられた。


「がはッ……、あぁ……っ!!」


 床に叩きつけられた衝撃で、全身の骨に電気が走ったかのような、鋭い激痛が走り抜ける。息を吸うことすら困難なほどのその苦痛の拍子に、私はせっかく手にしたはずのあの黒い槍を思わず床へと放してしまい、槍の残骸はゴロッ……ゴロッと鈍い音を立てて、虚しく大理石の上を転がっていってしまった。


「メアリー――っ!!」

「メアリーちゃんっ……!!」


 大広間の遥か下――階段の真下から、トニーやフランたちの引き裂くような必死の声が遠くかすかに耳に届き、それと同時に、彼らがこちらの異変に気づいて激しく大階段を上ってくるような力強い足音が響き渡った。


 カルミラは顔色一つ変えぬまま、地べたに横たわる私の元へと悠然と近づき、その膝を折って、残された左手で再び私の首元を床へと強く抑えつけ、力を込めてきた。


「ふふ……。必死に私を誘導して背を向けさせようとするから、何か企んでいるとは思っていたが……。こんな小賢しいことを考えていたとはな」


 ぐぐっ、と顔を至近距離まで近づけられ、カルミラの燃えるような真っ赤な髪の毛が、私の頬の上へと冷酷に触れた。

 口元には変わらず完璧な微笑みを浮かべているものの、その底の知れない漆黒の瞳は、剥き出しの狂暴な怒りでギラギラと怪しくギラついて見えた。


 私は首元の大きな手をどうにかして離させようと、両手で必死に男勝りの筋肉に爪を立てて抵抗したが、その肉体は岩のようにびくともしなかった。


 カルミラは不敵な笑みを深く浮かべると、その右手に、月の光でギラリと怪しく光る婚礼の短剣をしっかりと握り締めているのを、私の目の前に見せつけながら冷酷に言葉を続けた。


「さっさとこの退屈な血の儀式を終わらせてしまおう。……そうすれば、お前はもう二度と、この私に対してそんな小賢しい抵抗など、何一つ出来なくなるのだからな」


 ――やはり、そういうことだったのだ。


 さっき、薄暗い監禁部屋の中で、ナターシャが口にしていたあの『奴隷』という言葉が、ずっと私の胸の中に棘のように引っかかっていた。


 ただ左手首に手枷を嵌められるだけでは、カルミラに攻撃が出来ないというだけで、私の精神の自由までは縛られない。それでは「奴隷」というおぞましい言葉とは、あまりにも程遠いと思っていた。


 だが、違ったのだ。この婚礼の儀式を完全に交わされ、右腕の皮膚の奥深くへあの『大蛇のタトゥー』を刻み込まれてしまった者は……肉体だけでなく、自らの思考と精神の自由さえも完全にカルミラへと奪われ、この人に抵抗することすら絶対に考えられなくなる、本当の意味での、ただの『物言わぬ奴隷』へと落とされてしまうのだ。


 だからこそ、ナターシャの母親もその一族の血生臭い真実を知って、我が子を置き去りにしてでも、この国から命がけで逃げ出したのかもしれない――。



――――――



 長い階段の上で、メアリーが突然大理石の台座から立ち上がったかと思えば、次の瞬間にはカルミラの圧倒的な暴力によって、床へと無残に押さえつけられていた。 


 ――その最悪の瞬間。 隣国の若き王ゼインは、衣服を縛られていたはずの麻の縄など最初から存在しなかったかのように床へとパッと捨て去り、誰よりも早く、すでに無言のまま冷徹な足取りで大階段を上り始めていた。


 同時に、白いライオンのアーサーも、王族としての誇りを爆発させて首に巻きつけられていた屈辱的な縄をその狂暴な牙で一瞬にして食いちぎり、ガルルル……と身構えた。

 カイトはどうにか鳥人としての野生の爪で自らの縄を強引に解くと、手にした刀で、トニーの身体を縛り上げていた縄を一瞬の早技で切り裂き、彼らの自由を完全に解放し始めた。


 周囲を取り囲んでいたカルミラの兵士たちは、勿論その男たちの反撃を見て見ぬふりなどしてはくれなかった。兵士らは「家畜どもが、舐めるな!」と口々に怒号を上げ、じわじわと剥き出しの刃をトニーたちへと向けながら、確実にその距離を詰め始めた。


「――メ、メアリーちゃんっ……!!!」


 フランがメアリーの危機にその美しい瞳を激しく血走らせ、怒りのままに立ち上がろうとすると、先ほどから執拗に彼を押さえつけていた、あのカルミラの兵士が「大人しく寝ていろ、食料が!」と、再びフランの身体を押さえつけに獰猛に飛びかかった。


 だが――それが、その男の人生の最期の過ちとなった。


 ザシュッッッ!!!!


 次の刹那、フランはいつの間にかほどいていた己の白刃を一閃させた。フランを力任せに押さえつけようと接近してきたその兵士の首筋を、フランの剣が、一瞬の閃光となって完璧に真横から走り裂いたのだ。


 ドサッ、と音がして、頭部を失った男の胴体から、真っ赤な鮮血が噴水のように虚空へとパッと噴き出した。床の赤い絨毯が、さらにどす黒い本物の血によって汚く染まっていく。


 そのフランの、普段の甘えた態度からは到底想像もつかないほどの圧倒的な一撃を目撃し、周囲から一斉に近付こうとしていた他のカルミラの兵士たちも、驚愕のあまり思わずその場にピタリと足の動きを硬直させた。


 血の雨が降り注ぐ大広間の中心で、フランの口から、低く、暗く、おどろおどろしい怨念のような声が、ぽつりとこぼれ出るようにして響き渡った。


「――おい。俺、さっきお前たちに、ちゃんと言ったよな……? この安っぽい縄がほどけた瞬間に、俺が一番にお前のその汚い首を……綺麗に撥ね飛ばしてやるってさぁ!!」




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