花嫁よ
ゼインは私の金の髪を撫でながら微笑んだ。
「やはり、お前は俺が見込んだだけのことはある。
お前は世界で一番美しく、そして賢い」
それだけ残すと、ゼインは階段の下へと、再び歩みを戻していく。
遠ざかっていくその大きな背中を見つめながら、私の瞳の涙はすっかり引き、強い眼差しへと変わっているのが自分でもわかった。
――ゼインは、最初から気づいていたんだ。
私が何故、大人しくこの白いドレスを着てここに立っているのか。何をしようとしていたのか。
私には魔力を感知する特別な力がなかったから、カルミラがどこに『魔導石』を隠しているのか、どうしても自力で見つけ出すことが出来なかった。
……だがゼインは、この大広間に踏み込んだ一瞬で、カルミラの持っている魔導石が【玉座の横に立て掛けられた、黒い槍の中】に隠されているのだと、見抜いたのだ。
――――――
ゼインが大理石の長い階段をゆっくりと下り、一番下へと完全に戻って来たその瞬間、床に膝を突かされていたフランは噛み付かんばかりの凄まじい勢いで、ゼインへと嫉妬の声を張り上げた。
「おい、ゼイン!! お前っ……!! 『近くで見に行くだけ』なんてカルミラに言っておきながら、どさくさに紛れてメアリーちゃんに本気で抱きつきやがってっ……!! 絶対に許さないからなっ!!」
ゼインはそんなフランの怒号をどこ吹く風と受け流し、その端麗な唇に酷く不敵な笑みを浮かべた。そして、床の上にわざと解き落としていたあの漆黒の大きなマントを再びすっと滑らかに羽織り、地べたに置いていた巨大な大剣を引き抜いて、その広い背へと悠然と担ぎ直した。
そのゼインの、いつでも周囲の兵士を皆殺しにできる『戦闘再開』の隠しきれない王の覇気を敏感に察し、トニーは声を低く潜めて切実に問いかけた。
「――ゼイン。メアリーは……大丈夫、なのか……?」
トニーは、メアリーの怯えた様子から、この数時間に何かされたのではないかと不安になっていた。そのトニーの騎士としての切実な問いかけに対し、ゼインは大剣を担いだまま、階段の上の純白のドレスを纏ったメアリーを静かに見上げた。
そして、その深紅の瞳を妖しく残酷に輝かせながら、心底楽しそうに声を立てて笑った。
「フッ……。安心しろ、トニー、フラン。我々の愛すべき姫様は、やはり……敵の脅威を前にしてただ泣いて助けを求めるような、男に守られるだけの弱いお姫様ではなかった」
カルミラの兵士が、丸腰になったゼインへ再び無理やり縄をかけようと、おそるおそる近づいてきた。
その瞬間、ゼインはそれを制止するように、長く強靭な腕をすっと前方へと伸ばした。
「――それは、もう必要ないだろう。……なぁ?」
地を這うような、ぞっとするほど低い声音。放たれたその凄まじい王の覇気と、ギロリと燃えるような瞳で真っ向から睨み下ろされ、カルミラの兵士は恐怖のあまり全身の毛を逆立たせ、それ以上ゼインへ近づくことすら出来なくなってしまった。
「では――これより、我が一族の至高たる『次の儀式』を執り行う」
カルミラの冷酷な声が大広間の頭上から厳かに響き渡った。
トニーたちが弾かれたように階段の上を見上げると、婚礼の白いドレスを纏ったメアリーが、一族の兵士たちの手によって、大広間の最深部に佇む不気味な大理石の『台座』のようなところへと誘導されている真っ最中だった。
「なんだよ……、一体あそこは、何なんだ……っ!?」
トニーはその、まるで家畜を捌く調理場か、あるいは罪人を処刑するための断頭台のようにも見える禍々しい祭壇の姿を見て息を呑んだ。
――――――
――……あの「槍」か。
カルミラの兵士たちに連れられ、不気味な大理石の台座へと誘導されながら、私は長い階段の頂点にあるきらびやかな玉座の椅子へと、瞳を静かに、けれど油断なく向けた。
この不気味な婚儀が始まってからというもの、女首領カルミラは、あの玉座の横に立て掛けられた黒く太い槍に、一度として触れてすらいない。
やはりあの槍の中こそが、あいつらが他国への見せしめとして使わずに隠し持っている、あの強大な『魔導石』の隠し場所に違いないのだ。
重厚な台座へと座らされると、私のすぐ目の前にカルミラが静かに歩み寄ってきた。カルミラは私の前にうやうやしく片膝を突いて跪くと、私の細い右手をその大きな手でそっと取り、白い手の甲へと優しく口づけをした。
そして――カルミラはその姿勢のまま、衣服の胸元に私の手の甲を押し当てながら、ぞっとするほど気味の悪い、妖艶な笑顔を浮かべて私を床から見上げてきた。
「お前のこの、透き通るように美しい白い腕に、我が一族の証たる巨大な大蛇の呪いを彫り込む時……お前は一体、どんなに愛らしい声で鳴き、どんな風にその美しい顔を屈辱に歪めるのだろうな。
……フフ、ただ想像するだけで、私の身体の内の血が熱く昂ぶってくるのを感じるよ……」
その男勝りの強靭な体躯から放たれる狂気的なセリフに、心臓が悲鳴を上げる。
だが、この台座に腰掛けたことによって、私の目の前には、あのきらびやかな玉座の椅子の姿が、さっきよりもずっと至近距離ではっきりと見えるようになっていた。
……今なら、すぐ右手を伸ばしさえすれば、あの黒い槍へと一瞬で手が届きそうだ。
私は、緊張のあまりカラカラに乾ききった喉の奥へと、ごくり、と重い唾を静かに呑み込んだ。
――カルミラの意識を、あの槍から完璧に逸らさなきゃダメだ。
私は胸の中の激しい鼓動を無理やり抑え込み、王女としての凛とした笑顔をどうにか取り繕いながら、カルミラへと真っ直ぐに疑問の声を投げかけた。
「ねえ、カルミラ。……その大蛇のタトゥーは、一体どうやって私の腕に彫るの?
誰が、どんな『道具』を使ってそれを行うのかしら?」
私のその予想外の質問に、カルミラは満足そうに立ち上がると、自らの所有物となる私に教え込むようにして、自身の右側のある方向をすっと指さした。
指し示したその場所には、一族の屈強な兵士が一人、一族特有の紋様が刻まれた短い剣のような鋭利な彫刻針を、まるで至宝でも扱うかのように、両手で大切そうに抱えて直立していた。
「あれを使い、この私が直々にお前の肉体へと入れるのだよ。……我が一族の強大な魔力と、お前への歪みのない愛を限界まで込めながら、肉の奥深くへ、深く、深く。
……例えお前の皮膚がどれほど無残に剥がれ落ちようとも、生涯二度と消えることのないよう、骨に届くほど深く深く刻み込んでやるのさ」
ゾクッ!! と、背中を凍りつかせるような強烈な寒気が全身を走り抜けた。
頭の中で、自分が受けるであろうその凄まじい肉体への拷問の光景がリアルに脳裏をよぎり、私は途端に、圧倒的な不安と恐怖の波に襲われそうになっていた――。




