意味のある裏切り
「くっそ……っ!! なんでまた、俺たちがこんな目に遭わなきゃならないんだよ……っ!!」
フランが泥の上に寝転がったまま、忌々しそうに激しい声を放ってそう吐き捨てた。
トニーは、きつく縛られた身体の激痛に耐えながら、深く重いため息を吐き出して周囲の様子をぐるりと見回す。
そこは、見渡す限りの広々とした草原だった。日が完全に落ちて真っ暗になった夜空には、分厚い灰色の暗雲が低く垂れこめていた。
そのせいで、冷たい月明かりすら地上には一切届かず、世界はどこまでも重苦しく暗い。
今や自分自身は勿論のこと、あの最強のゼイン、フラン、カイト、そして、さっきまで敵対していたはずの魔法製薬の国の白銀の兵士たちに至るまで、全員が頑丈な縄を全身にかけられ、無様に自由を奪われて地面に転がされていた。
フランは、唯一自由の利く口だけを使って、己の行き場のない怒りを思い出したかのように周囲へぶつけまくっている。
「そもそもさ! ゼインが言う通りに、歩いてったら、一瞬でカルミラの伏兵に囲まれてあっさり捕まったじゃんか!! お前を信用してみんな文句を言わずに付いてったのにさ!!
それに、アーサーもアーサーだよっ!! それだけの巨大な危険が目の前にあるなら、その自慢の動物の本能とやらで、事前にきっちり嗅ぎ分けろよな!!」
ガルル……と、隣にいる白いライオンのアーサーが、フランの八つ当たりに心底うるさそうに低く喉を鳴らす。
――あの後、トニーたちは襲撃してきた魔法製薬の国の兵士たちと対峙した際、お互いにあのアリコーンという魔獣を倒すという『目的』そのものは完全に一致していることが分かり、一時的に前線の手を組んで協力することになったのだ。
そして、メアリーの残り香を追うアーサーの嗅覚を頼りに、全員で草原を進んでいった結果、待ち伏せていたカルミラの一族の兵士たちにあっけなく取り囲まれ、なす術もなく現在の囚われの状態となったのだった。
周囲は、剥き出しの剣を常にこちらへと向けているカルミラの強靭な兵士たちによって、ガチガチに包囲されている。
だが、そんな極限の絶望のなかにあっても、ゼインだけは相変わらず涼しげな顔をして、むしろこの最悪な捕虜の状況すら心底楽しんでいるように見えた。
ゼインは、泥の上で般若のように自分を睨み見上げてきているフランへと、ゆっくりと冷徹な目を落とした。
「フッ……そう怒るな、フラン。お前がどれだけ無様に喚こうとも、これで俺たちは何の労力も使わず、最速で『メアリーのいる本拠地の最深部』へと、直々に運んでもらえるではないか」
「え……?」
そのゼインの、どこまでも不敵な言葉を聞いた瞬間、トニーはハッとした表情を浮かべ、胸の中で全てのパズルが音を立てて繋がっていくのを察した。
「まさか、お前……わざと捕まったのか……っ!?」
敢えて敵の包囲に一切の抵抗をせず、大人しく捕まることによって、敵の案内で最も簡単に、最も確実にメアリーのいるであろうカルミラの本拠地の最深部へ行くことが出来る。
足跡も残さぬアリコーンのルートを、暗闇のなかで闇雲に探し回って体力を消耗するよりは、この方が数段賢明で、圧倒的に合理的な判断であることは間違いなかったのだ。
「お前、まさか……さっき出発する前に、あのアーサーにこっそり耳打ちしていたと思ったら……!!
あえてカルミラの敵兵が待ち伏せしている場所に、こいつに案内させてたのかっ……!?」
フランはすべてのカラクリを思い出したかのような顔をして、泥の上でのたうち回りながら、再びゼインを呪うように激しく睨み返していた。
ゼインはそんなフランの怨念混じりの怒声をどこ吹く風と受け流し、フッと邪悪に笑いながら、顎で静かに天空の一点を見指した。
「――ほら、お出ましだぞ」
ブオオオオオオオオオオッ……!!!!
ゼインのその言葉とほぼ同時に、遥か上空から、鼓膜を激しく震わせる不気味な咆哮が響き渡った。
大地に転がっている彼らの頑丈な身体ごと、一瞬で遥か彼方へと吹き飛ばしてしまいそうなほどの、凄まじい大暴風が頭上から猛然と吹き付けてくる。
周囲を取り囲んでいたカルミラの兵士たちが、その圧倒的な風圧に身構えるなか、ゼインだけはさも愉快そうにその端麗な口元に笑みを浮かべたまま、楽しそうにその漆黒の影を見上げている。
降り注ぐ風圧のなか、フランが目を見開いて思わず絶叫の声を上げた。
「――っ、あのアリコーンか……っ!?」
暗雲を切り裂き、巨大な黒い翼を羽ばたかせて彼らの前に舞い降りてくる、一族の至宝たる魔獣。
それは同時に、彼らをメアリーの待つ、あのカルミラの本拠地の最深部へと強制連行するための、最速の『檻の翼』の降臨でもあった――。




