表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生した看護師の規格外な冒険物語 ※なお、スキルに頼れたのは最初だけ(悲)〜冒険編〜  作者: VANRI


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/61

歪な足掻き

 思考を巡らせようとしたまさにその瞬間、ガルシアによって突如、私は上半身を乱暴に蹴り飛ばされた。

 激しい衝撃と共に床の藁の上へと仰向けに勢いよく倒される。背中と後頭部にズキリと鈍い痛みが走り、私は思わず苦痛に表情を激しく歪めてしまった。


 ガルシアは逃がさないとばかりに、そのまま私の腹の上へとドサリと重い腰を下ろし、その圧倒的な質量で私の身動きを完全に封じてきた。男の全体重をぐん、と容赦なくかけられ、肺の空気を絞り出された私の胸の奥に、ほんの一瞬だけ底知れない絶望がよぎる。

 上から私を見下ろしてくるガルシアの顔は、不気味にその口角を吊り上げて歪んでおり、背筋へと強烈な寒気が走り抜けた。


 ――だめだ、諦めるな。何か、何か切り抜ける手立ては……っ!!


 心臓の鼓動が、壊れた時計のように速く脈打っているのを感じながら、私は焦り狂う視線で必死に周辺を見回した。

 その時、視界の左側に、先ほど目についたあのガラスの花瓶が映り込む。


 私は左手を、その指先を精一杯まで伸ばし、藁を引っ掻きながら、なんとかその花瓶の首をガシッと掴み取った。


「ほう……。往生際が悪くて結構だが、それで一体どうするつもりだ? そんな華奢なガラスの玩具で殴られたところで、この俺の肉体には痛くも痒くもないぞ」


 ガルシアは私の抵抗を愉しむように、その漆黒の瞳を面白そうに細める。


 私は何も答えず、掴んだ花瓶をそのまま上空で逆さにひっくり返して中身をぶち撒けると、残された全腕力を込めて、すぐ真横にある大きな姿見に向かってそれを思いっきり叩きつけた。


 バリンッッ!!!

 

 鼓膜をつんざくような激しい破砕音と共に、花瓶と姿見のガラスが粉々に砕け散り、無数の細かい破片が虚空を舞ってこちらへと降ってくる。

 私は思わず強く目を瞑った。割れた花の茎から、ふわっと青臭い草木が水に濡れている独特の生々しい匂いが、不気味に鼻腔へと飛び込んでくる。


 そして私は、鏡のフレームにぶつかって歪に割れ、鋭利な刃物のようになったその花瓶の残骸を両手で固く握り直すと、馬乗りになっているガルシアの太い首元へと真っ直ぐに突き出した。


「これなら、どう……? ……これだけの鋭さがあれば、あなたのその汚い首筋に、消えない綺麗な『痕』くらいは簡単に刻みつけれそうでしょ?」


 私は脳内のパニックを必死に押し殺し、努めて冷静に、軽い笑みさえ口元に浮かべてみせた。


 けれど、喉の奥が引き攣れてしまって、発した声はどうしても情けなく上擦ってしまう。


 歪に割れた花瓶のガラスの先端は、狂気に満ちたガルシアの喉笛を、いつでも突き刺せる至近距離で捉えていた。

 手のひらに食い込むガラスの小さな破片が、ザラザラとした嫌な感触を伝えてきて気持ち悪い。

 さっきひっくり返した花瓶の冷たい水が、床の藁を伝って、私の背中の衣服へとじわじわと冷酷に浸透してきて――本当に、全てがたまらなく気持ち悪く感じた。


 喉元に刃を突きつけられたガルシアは、驚くどころか、一瞬の静寂のあとに腹の底から声を上げて狂ったように笑い出した。


「アッハッハ……!! 面白い! やってみろ、やれるものなら今すぐ突きたててみろ!!」


 ガルシアの残された左手が蛇のように伸び、私の衣服の胸ぐらをぐいと力任せに掴み上げた。私の華奢な上半身が、床から軽く宙へと浮かされる。その衝撃で、私が握っていた花瓶の破片がガルシアの首の皮膚に軽く擦れ、スッ……と一本の赤い線を描いて、鮮やかな血が小さく滲み出てきた。


 ガルシアは傷口の痛みなど意に介さず、私の目を至近距離から穴が空くほど激しく凝視して、ニヤリと、すべてを見透かしたような邪悪な笑みを浮かべた。


「お前は、今まで一度だって『人を殺したこと』がないだろう? その怯えた瞳は……まだ、己の手を他人の血で染めたことのない、汚れを知らない無垢な瞳だ」


 男はそう吐き捨てると、掴んでいた私の胸ぐらをパッと乱暴に突き放した。 上半身が勢いよく床へと叩きつけられ、また私の背中に鈍い軽い痛みが走る。


 ガルシアは手放した獲物を愉しむように、また不敵に微笑みながら残酷な言葉を続けた。


「お前のような人間に、この俺を刺せるわけがない。……お前はこれから、どんなに酷くこの俺になぶられ、そのプライドを徹底的に犯されたとしても――この俺を殺すことだけは、絶対に出来やしないのさ」


 私は床の上で激しく奥歯を噛みしめ、ただひたすらに、馬乗りになっているガルシアの顔を睨み上げることしか出来なかった。


 両手で必死に握りしめている歪に割れた花瓶の破片は、今やそこにあるだけで、私を救うためには何一つ役に立たない、ただの哀れな飾りのようにさえ思えていた。


「いいな、その絶望に染まった顔。……お前がそうやって無様に抵抗すればする程、俺は唆られるんだよ」


 ガルシアは下卑た笑みを浮かべてそう吐き捨てると、残された左手を、私の衣服の下から直に、柔らかな肌の上へと無慈悲に這わせてきた。肉体の奥に染み込んでくる、男のゴツゴツとした皮膚のおぞましい感触は、到底まともな人間の手とは思えなかった。更に、首元にガルシアの熱い吐息がかかる。


「やめてっ……放して……っ!!」


 私は悲鳴のような声を張り上げ、握りしめていた花瓶を持つ手に、これ以上ないほどの全ての力を込めた。この男を殺せないという心の檻を無理やりへし折り、その首元へと本気でガラスの刃を突き出そうとした、まさに――その瞬間だった。


 背後の、開け放たれたままの扉の方から、底冷えするような冷徹な声が、静かに部屋の中に響き渡った。


「――ほう。この下らない余興の観客は、私一人だけでいいのか?」


 その言葉が耳に届いた瞬間、私の腹の上にいたガルシアの身体が、まるで凍りついたようにピタッと硬直した。


 それは紛れもなく、この一族を束ねる絶対的な女首領――カルミラの声音だった。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ