秘めた力
草の生い茂る漆黒の夜の森。
アーサーは時折強く吹き抜ける夜風に、そのフサフサとした美しい白銀の鬣をなびかせながら、一切の迷いのない鋭い足取りで先頭を歩き続けていた。
そんな中、フランが一番後ろから、今にも力尽きそうな息を切らしながら情けない声を上げる。
「ねぇ〜……みんなぁ〜、ちょっとだけ休憩しませんかぁ〜? お腹もすいたし、周りは真っ暗だし、これ以上休まないと僕、本気で倒れるって……」
トニーは、その言葉に「最愛の主君が連れ去られたというのに、何を甘えたことを……」と一喝しようかとも思った。
だが、フランの言うことにも一理ある。メアリーと離れてからというもの、彼らは一度も足を止めることなく夜の森を進み続けており、トニー自身も全身を襲う疲労感がないわけではなかったのだ。
トニーは、アーサーのすぐ後ろを平然と歩いているゼインの背中へと声をかけた。
「ゼイン、一旦、ここで少しだけ身体を休めてもいいんじゃないか?」
ゼインは視線を一切前行から外さないまま、歩みを止めることなく低く答えた。
「――そうだな。これが終わったらな」
「これ……? いや、メアリーのいるカルミラの本拠地にたどり着くまでには、まだまだ時間がかかるだろう、何を言って――」
トニーが怪訝そうに言葉を言いかけた、まさにその瞬間だった。
先頭を歩いていたアーサーが、突然ピタリと四肢を硬直させて足を止めた。白い耳をピンと張り詰め、周囲の闇を強く警戒するように、その耳をあちこちへと目まぐるしく動かしている。
突如、アーサーの巨体が低く身構えた。
それとほぼ同時に、ゼインが静かに、衣服が擦れる音すら立てることなく、背負っていたあの巨大な大剣を素早く滑らかに引き抜いた。白刃が夜闇に鋭くきらめく。
野生の感覚を持つカイトも即座に何かの異変に気付き、折れた羽根を震わせながら腰の剣を抜く。
トニーやフランにはまだ闇の奥で何が起きているのか完全には分からなかったが、二人のその異常な殺気に合わせるようにして、慌てて己の剣を強く握りしめ、一斉に引き抜いた。
――ザザザッ……!!!
突如として、四方八方の草むらから、月光を反射して怪しく光る真っ白な鎧を身に纏った兵士たちが、闇を切り裂いて一斉に姿を現した。
金属の鎧がガチャガチャと耳障りに擦れ合う音を立てながら、彼らは瞬く間にトニーたちを完全に包囲していく。
その白銀の軍勢を目撃した瞬間、トニーは慌てて声を張り上げた。
「ゼイン!! こいつらだ!! 俺たちを問答無用で縄で縛り上げ、あのアリコーンを誘い出すための『生贄の肉餌』にしようとした、魔法製薬の国の兵士どもだ!!」
トニーのその切迫した叫びを聞いて、ゼインは大剣を構えたまま、酷く楽しそうに眉の奥の深紅の瞳を面白そうに細めた。
「ほう……。お前たちは、こんな魔力すらまともに保持していない、ゴミのように脆弱な者どもに、あそこまで無様にやられたというのか?」
ゼインの圧倒的な余裕の表情に対し、背後のフランは恐怖が蘇ったのか、顔を引き攣らせて怯えた顔のまま激しく答える。
「甘く見るな、ゼイン!! こいつら、魔法じゃなくて、なんか変な『道具』や『薬』を使ってくるんだよっ!! 僕たちだって、あいつらの仕掛けた奇妙な罠のせいで……っ!!」
フランのその警告の言葉が最後まで終わるよりも、圧倒的に早かった。
トニーたちを取り囲んでいる白銀の兵士の一人が、手にした奇妙な筒状の銃口を天に向けて引き金を引いたのだ。
パンッ!!!
放たれた弾丸は、トニーたちへの直接の攻撃ではなかった。ちょうど彼らの真上――頭上の夜空で鋭く爆発すると、まるで星屑を撒き散らしたかのように、キラキラと眩しく煌めく不気味な極小の粉末が一面に広がり、トニーたちの頭上へと容赦なく降り注いできた。
――またか……っ!?
トニーは咄嗟に激しい危機感を覚え、思わず強く目を閉じると、自身の腕の衣服で鼻と口を大慌てで覆い隠し、その凶悪な輝きを吸い込まないよう身構えた。
――衣服で完璧に防いだはずだった。だが……
ほんの数秒と経たないうちに、トニーは自分の両手両足が凍りついたように激しく痺れ始めていくことに気がついた。
呼吸からではなく、キラキラとした煌めく粉末が皮膚に触れただけで、その毒素が肉体の奥深くへと一瞬で染み込んできたのだ。次第に全身の自由が全く効かなくなり、トニーは悔しさに歯を食いしばりながら、泥まみれの大地へと膝から崩れ落ちた。
「くそっ……あぁ……っ」
激痛と痺れに耐えながら隣のフランへと目をやると、その身体も同じように毒に侵され、なす術もなく地べたへと倒れ込もうとしている最中だった。
「ふむ。なんだ、ただの安っぽい『痺れ薬』でも盛られたのか?」
どこまでも退屈そうな、酷く涼しいゼインの声がすぐ真上から降ってきた。
トニーは泥に顔を伏せたまま、残された全ての力を限界まで振り絞り、頭だけをそちらへと必死に向けた。視界がかすむ中、なんとか直立しているゼインの顔を捉えることができた。
白銀の兵士たちに包囲され、凶悪な粉末を全身に浴びたというのに、ゼインは髪の毛一筋すら乱さぬ涼しい顔をしたまま、足元で這いつくばっているトニーを、つまらなそうに覗き込んでいたのだ。
――そうだ。そうだった……、こいつは……。
その一切薬の効いていないゼインの圧倒的な立ち姿を目にした瞬間、トニーは、『ゼインという男の魔力の性質』について、激しい衝撃と共に思い出さざるを得なくなった――。




