カルミラの花嫁
「よくやった、ナターシャ!! よくぞこの強情な小娘を説得してくれた!!
これでまたひとつ、我が一族の足元に跪く国が手に入るな!!」
カルミラは声を上げて歓喜した。
ナターシャはどこまでも愛おしそうな完璧な微笑みを浮かべたまま、カルミラのすぐ横へと立ち上がると、床にへたり込んでいる私へと冷ややかな目線を静かに落とした。
「婚姻の誓約によって、互いの所有物はすべて共有されます。ですからメアリーさん、あなたの国は、そっくりそのままこのカルミラ様のものになるのです。
……ああ、でも、期待しているような『操獣能力』までは共有できませんよ? それは私たち一族が持って生まれた特別な血の力ですから」
――嘘、でしょ……!? ナターシャに、完全にハメられた……!?
私の作戦の前提が、彼女の笑顔の一言によって木っ端微塵に打ち砕かれる。
背中を冷たい汗がじわりと伝っていくのを必死に隠し、私は心臓の激しい動悸を抑えつけながら、精一杯の平然を装って声を絞り出した。
「……だったら、婚姻を結べば、カルミラが持っているものはすべて『私のもの』にもなるということよね?」
カルミラは私の目の前まで静かに歩み寄ると、フッと見下すような微笑みを向けた。
「ああ、そうだ。何が欲しい? 極上のドレスでも、眩い宝石でも、お前が望むのなら何でも買い与えてやろう」
「――では、あなたが持っている『魔導石』をちょうだい!!」
「魔導石?」
カルミラの美しい眉がピクリと不快そうに動いた。彼女はさっと私に背を向けると、突き放すような冷たい言葉を放つ。
「……魔導石はダメだ。あれだけはお前に渡すわけにはいかない」
「どうして……!? あなた方は道具を使って魔力を増大させることなんて、一族のプライドが許さないのでしょう? 使わないのなら、私にくれたっていいじゃない!」
「あれは我が一族にとって、他国への『見せしめのお守り』なのだよ。あの石の持つデタラメな強大さを見せつけておけば、周りの他国どもは恐れをなして、我が一族に攻め込まなくなる。
……だから、あれだけは手放せない」
「そんな……」
私が絶望に言葉を失うと、カルミラは隣のナターシャへと楽しげに視線を向けた。
「さあ、ナターシャ。夜が明けたらすぐに最高の婚儀の準備を始めるぞ、行こう。
……花嫁は、すべてが整うまでそこで大人しく待たれよ。
婚儀まで我々二人以外の目には触れさせることが出来んのでな」
そう言い残すと、二人は私の静止も聞かずに、並んで部屋を後にした。
バタン、と重い木の扉が閉まり、真ん中に置かれた灯火の炎だけが、主人の去った部屋で頼りなくゆらゆらと揺れている。
完全に一人きりになった途端、窓のない湿った部屋のなかに、濃密な静けさと底知れない恐怖が、一気に私に向かって襲いかかってきた。
なんだこれ……。自分の作戦を逆手にとられて、ただ騙されて、カルミラの「奴隷」に落とされて国を奪われるだけじゃないか……。
ナターシャは知っていたのだろう、カルミラが魔導石を渡さないということを。
手首の手枷を強く掴み、ガタガタと震える唇を強く噛みしめる。
手枷を外そうと動かすが、金属の冷たさが伝わってくるだけで、びくともしない。
いや……、まだ終わったわけじゃない。
ここに大人しく囚われていれば、魔導石の正確な在り処や、例えアリコーンを自分自身で操ることが出来なくても、奴らの隙をついてあの『角』を物理的に奪い取る機会くらいはある、これからいくらでも狙えるはず……。
けれど、前を向こうとする思考の端で、どうしてもあの少女の笑顔が脳裏にこびりついて離れなかった。
――ナターシャ。あなたは、やっぱり……私なんかよりも、あのカルミラを選んだのね。
ひんやりとした静寂のなかで、私は涙を袖でゴシゴシと乱暴に拭い去ると、もう一度、腰に携えたままの『折れた魔剣』の柄を強く、強く握りしめた。
いや、まだだ。まだ私は、何一つ諦めてなんかいない。
例えナターシャに裏切られていたとしても、このまま大人しくカルミラに囚われ、奴らの言う通りに婚儀の席へと引きずり出されようとも。
カルミラは魔導石のことを否定しなかった。ということは、やはりカルミラが保持しているということだ。
万に一つでも――。
あの『魔導石』を奪い取り、『アリコーンの角』をこの手に入れるチャンスが残されているというのなら。
――私は、あのカルミラの「奴隷の花嫁」にだって、喜んでなってやろうじゃないか。




