少女たちの作戦
ナターシャはこれからの具体的な作戦を1文字たりとも聞き逃さまいと、小さな身体をぐっと前のめりにして、真剣な眼差しで私をじっと見つめてきた。
「ねえ、ナターシャ。……あなたは、あのアリコーンを自らの手で操ることは出来る?」
「あ、はい。アリアさんの杖を使えば、完全に操れると思います。ただ……すでに他の誰かが操っている状態の脳内に入り込んで、コントロールを奪うことは出来ません。
あのアリコーンが、誰の支配にも置かれていない無防備な時だけですが……」
「そっか……じゃあ、私は!? 私はあいつを操れるかしら?」
「は……?」
ナターシャは、分かりやすく口をぽかんと丸く開けた。
「だから、私がアリコーンを操ることはできるかって聞いてるの」
「はっ!? できるわけないでしょう!! いくらなんでもめちゃくちゃ言うにも程があります……! あれは我が一族の至宝で、他国の人間が扱えるような……。
……あ、いや……でも、全く方法がない訳でも、ない……ですけど……」
「何!? そんな方法があるの!?」
私は思わず、床の藁を蹴ってナターシャの両腕をガシッと力任せに掴んでしまった。
「あ……、あ。あるには、あるんですが……」
急に歯切れが悪くなり、ひどく言いにくそうに顔を歪めるナターシャの表情が気になったが、今の私に食い下がるという選択肢はなかった。
私は彼女の腕を掴んだまま、顔をさらに近づける。
「何っ!? 出し惜しみしないで早く言って!」
「……『結婚』です」
「は? 結婚??」
あまりにも予想外すぎる斜め上の単語が飛び出してきて、私の脳内と全身の動きが一瞬でピタッと硬直した。
ナターシャはあきれ果てた顔で、ため息混じりに話し始めた。
「我が一族の血筋には……結婚して夫婦になると、その操獣能力が双方の間で共有され、お互いに使えるようになるという絶対的な誓約があるのです。
だから、カルミラ様が持っているであろう魔導石も獣を操る能力だって、もしカルミラ様と結婚すれば、合法的に手に入ることに……」
「なんだ、そんなことでいいのね!!」
「は? そ、そんなこと?」
「わかったわ!! 私、結婚するわ!! あのカルミラと結婚しちゃえばいいのね!?」
「いや!! 全然わかってないですって、メアリーさん!!」
ナターシャは床を叩いて、顔を真っ赤にして叫んだ。
「結婚ですよ!? 一生を誓う結婚!! そこらの市場へちょっと買い物に行くんじゃないんですから、そんな簡単に決めるなん……!」
「だって、魔導石もアリコーンの角も、全部が確実に手に入る最速の方法があるなんて、そんなの今の私にとっては夢みたいな話じゃない!!」
「で……、ですが、メアリーさん……っ」
まだ何か言いたそうに不安げな顔をしているナターシャのことは一切気に留めず、私は一人でぶつぶつと頭の中で問答を組み立て、思考を巡らせ続けた。
「問題は、肝心の『魔導石』がカルミラのどこにあるかよね……。まさか、服の懐に直接隠し持ったりしているのかしら?
……あ、そう言えば懐といえば、私が自分の懐に大事に入れておいたはずの、あの『魔力封じの石』がいつの間にか無くなっているのよね……。移動中のどこかで落としちゃったのかな……。
ああ、もう! ゼインがここにいてくれれば、魔導石も魔力封じの石も、今どこにあるか一瞬で見抜いてくれるのに……!!」
私が胸の中で激しく悪態をついていた、まさにその時だった。
バタンッ!!!
静まり返っていた殺風景な部屋の木の扉が、いきなり強烈な勢いで外側から蹴破るようにして開け放たれた。
「どうだ、ナターシャ!! どうなった!?」
部屋に入ってきたのは、傲慢な満面の笑顔を浮かべた女首領――カルミラだった。
その姿を見た瞬間、私の隣にいたナターシャは迷うことなく床の藁の上にひざまずき、深々とその小さな頭を下げた。
そして、うやうやしくカルミラを見上げると、どこまでも愛おしそうな完璧な微笑みをその口元に浮かべたのだ。
「――カルミラ様。お喜びください。あなた様がお望みになられた通り、このメアリー王女は、喜んであなた様の『花嫁』になるということです」
「え……っ!? ナ、ナターシャ……!?」
……カルミラの望み……!?
あまりにも想定外すぎる彼女の全開の笑顔の報告に、私の脳細胞は完全にフリーズした。
私は驚愕のあまり、自分の目を見開けるだけ限界まで大きく見開いたまま、ひざまずくナターシャと、勝ち誇った笑みを浮かべるカルミラの二人を、ただただ交互に見つめることしか出来なかった。
すると、ナターシャはひざまずいたままの体勢で、こちらをチラと冷ややかに見つめながら、静かに口を開いた。
「――そうですよね? メアリーさん」
さっきまで私の前で涙を流していたあの健気な雰囲気とは、完全に打って変わっていた。
ナターシャのその紫色の瞳は、ぞっとするほど冷たく、底知れない闇を孕んでいるように感じられた。
あまりの豹変に一瞬だけ気圧されそうになるが、私は藁の中で拳を強く握りしめ、平然を装って短く答えた。
「……ええ」
その答えを聞いたカルミラが、満足そうにニッとその妖艶な唇を歪めて笑顔を向ける。
「素晴らしいぞ。では、ナターシャ、これを」
カルミラはそう言うと、懐から取り出した『何か』をナターシャへと手渡した。
ナターシャはそれを、まるで壊れ物を扱うように両手でひどく丁寧に受け取ると、床の藁を踏みしめて、私の元へと静かに歩み寄ってきた。
「それは……何?」
「婚約の証のようなものです。
……メアリーさん、あなたの左の手首に着けさせてもらいますね」
ナターシャがそう言いながら差し出してきたのは、鈍い金属の輝きを放ち、表面に一族特有の禍々しい紋様が刻まれた、ひとつの重厚なブレスレットだった。
いや――それはブレスレットという綺麗な道具などではなく、見た目そのものが完全に『手枷』のそれだった。
カチャッ……。
静まり返った部屋に、冷たい金属音が響く。
それは私の肌に触れた瞬間、まるで生き物のようにピタッと吸い付くような動きで、左手首に完璧にくっついて固定されてしまった。
途端に、ナターシャが妖しくほくそ笑んで、床から私を見上げてくる。
「――これで、あなたは完全にカルミラ様のもの」「え……? 何を、言って……」
「このブレスレットを装着された者は、これ以降、カルミラ様に対して攻撃などの危害を加えることが一切できなくなります。
ですが逆に、カルミラ様の方からは、あなたに対してどんな残虐な攻撃を仕掛けることも可能なのです。
……まあ、分かりやすく簡単に言ってしまえば……」
ナターシャは私の身体を壁際へと引き寄せると、私の耳元へと直接、ぞっとするような冷たい声を滑り込ませて囁いた。
「――ただの『奴隷』のようなものですね」
「はっ……!?!?!」
私が息を呑んだ瞬間、ナターシャは素早く身体を私から離し、クスクスと愉しげに笑いながら言葉を続けた。
「言ったでしょう、メアリーさん。
……このブレスレットの契約は、装着される側の『意思』も、きちんと反映されるのですよ。
もしあなたが本当に心から『着けたくない』と拒絶していれば、ブレスレットの呪いは弾かれて、決して着けることなんて出来なかった。
……でも、あなたはさっき、自らそれを『望んだ』でしょう?」




