鏡の向こうに映るもの
全身をくっきりと映し出すことができる、大きな姿見の前に立ち、私は自分の姿をじっくりと確認した。
お日様の光を浴びてきらめく金の髪には、その輝きをいっそう引き立てるようにと、鮮やかなピンクや赤の美しい花飾りがいくつもあしらわれている。
自国を飛び出して過酷な旅を始めてからというもの、一度も櫛を通すことのなかった私の髪は、丁寧に梳かされるだけで本来の眩い金の輝きを完全に取り戻していた。
身に纏っているのは、息を呑むほどに純白なドレス。その美しい裾には、鮮やかな色糸で、魔力の呪文なのか一族の紋章なのかも分からない、複雑で緻密な刺繍が隙間なく施されており、全体にはところどころに立体的な花を模した可憐な飾りが散りばめられている。
この姿は、これはまるで……。
『――美しい花嫁だな』
背後から、あの絹のように滑らかな声音が響いた。
カルミラが、私の華奢な両肩に後ろからそっと大きな手を置き、私の耳元で甘く囁いたのだ。彼女の燃えるような長い赤髪が、私の肩の上へと滑るように流れてくる。
鏡の中の、私を見つめるカルミラの底知れない漆黒の瞳と、私の視線が真っ向からピタリとぶつかった。
私は――その冷たい瞳を見つめ返しながら、その口元にフフッ、と妖艶な笑みを浮かべ、静かに答えた。
「ええ。私も今、ちょうど同じことを思ったわ」
――――――
――それから、数時間前。
私とナターシャは漆黒の魔獣アリコーンの分厚い背の上に乗せられたまま、灰色の暗雲を突き抜けて、カルミラたちが本拠地としている不気味な村へと連れてこられた。
既に夜が深く更けていたこともあり、遠目からでも、その村のあちこちに松明や巨大な篝火が、まるで生き物の血のように赤々と焚かれているのがよく分かった。
ナターシャの故郷であるというその村は、寒村特有の、木造の似たような粗末な建物が立ち並んでおり、村のすぐ近くには広大な田畑が広がっているのが見えた。
カルミラたちを乗せたアリコーンは、村に入る手前にある開けた草原の場所に、静かに着地して待機させられた。
自分たちの足で村へと近付くにつれ、闇夜を引き裂く炎のパチパチという爆ぜる音や、何かが激しく燃えているような、鼻を突く焦げ臭い匂いがどんどん強くなっていく。
私たちは、その不気味な町並みの中心を真っ直ぐに突き通っている一本の道を歩かされた。
先頭を堂々とした足取りで歩くカルミラ、そして右腕を失って包帯を巻いたガルシアが続き、その後ろを私とナターシャが並んで歩く。
さらに私たちのすぐ後ろには、剥き出しの剣を持つ獰猛な兵士たちが数人、逃げ出さぬようぴったりとついてきていた。
だが、奇妙なことに、私の身体は縄で縛られるようなことは一切なかった。それどころか、驚いたことに、私が腰に携えたままの、かつての戦いで折れてしまった大切な『魔剣』すら、奪われることはなかったのだ。
この人たちは、折れた剣など最初から武器として脅威にすら思っていないのだろう。
やがて、その村の中でも一際大きく、禍々しい佇まいをした木造の建物の中に入るよう、私たちは指示された。
中に入ると、カルミラとガルシアは用事があるのか、そのまま私たちの前から無言で何処かへと去っていってしまった。カルミラが、こちらに一瞬目を向けながら、何やらナターシャに耳打ちをしていた。
残された私は、感情を失った瞳のままのナターシャに先導されるようにして、建物の奥へと静かに歩を進めた――。
ナターシャが小さな手に持つ、微かな灯火だけを頼りにして、私たちは薄暗い廊下を静かに進んでいった。灯火の周囲だけはぼんやりと温かい橙色の光に照らされるが、その光の範囲からほんのわずかでも離れてしまえば、一瞬にして先も見えないほどの深い真っ暗闇に包まれてしまう。
そのまま、廊下の突き当たりにある奥の部屋へと案内された。
こじんまりとしたその部屋には窓が一つもなく、驚くほど殺風景だった。ひんやりとした土と木の匂いが室内を満たしており、肌にまとわりつくような少し不気味な湿っぽさがある。
部屋の床全体には乾燥した藁が隙間なく敷き詰められており、かつては一族の戦士たちの仮眠室か何かに使われていたのだろうかと、私は周囲を見回しながらぼんやりと思った。
ナターシャは何も言わず、部屋のちょうど真ん中の地面へとその灯火を静かに置いた。
私は部屋の奥の方へ、ナターシャは入り口の扉側へ、床の藁の上に腰を下ろし、ゆらゆらと揺れる小さな灯火をちょうど真ん中に挟み込むような形で、私たちはパチパチと爆ぜる光の向こう側で静かに向き合って座った。
ナターシャはカルミラから、私を逃がさないための『見張り』を頼まれたのかもしれない。
だが、ふと私の頭の中に、ひとつの重大な疑問が浮かび上がった。
彼女はつい今まで、他国である私たちの場所にずっと潜入していたはずなのだ。それなのに、一族の国に戻ってきた途端に、これほど重大な王女の監視という大役を任されるなんて、あまりにも不自然ではないだろうか。
――ナターシャは魔力が弱くて追放されたと言っていたが、本当は追放される前の幼い頃、カルミラからそれほどまでに深く、強く信頼されている特別な仲だったのではないだろうか……。
橙色の炎に照らされたナターシャの虚ろな顔を見つめながら、私は静かに、けれど油断なく思考を巡らせた。




