残された者たち
「くそぉぉおおお!!!!」
フランの引き裂くような絶叫が暗転した森に木霊するが、その怒号は虚しく周囲の草木に吸収されて消えていった。
強烈な暴風が収まり、トニーたちがようやく目を開けることができた時には、漆黒のアリコーンは既に遥か上空へと消え去っていた。
鼻を突く泥と血の混ざった悪臭。辺りにバラバラに転がる兵士の身体。赤黒く染まった大地。
トニーは、それらの凄惨な光景のなかに取り残された自分たちが、地面に転がっているバラバラの死体と何ら変わりない、もう何の役にも立たない「いらない物」に成り下がってしまったのではないかと、ひどく恐ろしい錯覚に陥りそうになっていた。
トニーは己の無力さに唇を噛み締め、腰の剣をこれでもかと強く握り直した。反対の手は、皮膚が裂けて血が滲むほどに拳を強く、強く握り締めている。
その時、カイトが痛々しく折れ曲がっている黒い羽根をバサバサッと無理やり広げ、今すぐ空へと飛び立とうと、狂ったように地を蹴る構えに入った。
だがまさにその瞬間、空気を切り裂くようなゼインの鋭い声が、容赦なくカイトへと飛んできた。
「やめろ、カイト!!!」
カイトはその絶対的な一言に射すくめられたように、ピタッと動きを止めた。
ゼインが冷徹な足取りで、カイトの方へと近づいていく。
その動きに合わせたかのように、更地となった空間を強い突風が激しく吹き抜け、カイトの折れた羽根を不気味にぐらぐらと揺らした。容赦なく傷口を抉るような激痛が走り、カイトは苦痛のあまり顔を激しく歪める。
ゼインはカイトの真正面に立ち、動けない実の弟を傲慢に見下ろしながら、先ほどまでの激昂とは裏腹の、ぞっとするほど落ち着いた低い声で話し出した。
「今、そんな無理をして飛んでみろ。お前はその折れた翼のせいで、一生空を飛べなくなるぞ。
……第一、お前一人が満身創痍で追い付いたところで、あのカルミラ相手に手も足も出んだろう」
「で、ですが、兄上……!!」
カイトは胸元の衣服を強く掴み、血を吐くような声を震わせた。
「このまま何もしないのでは……俺は、俺自身を一生許せなくなる!!
メアリーをあいつらの元へ行かせるなんて……っ!!」
――カイトのその悲痛な横顔は、「ずっと、あの黒い羽根の中で強く抱き締めていれば良かった」という、狂おしいほど激しい後悔の念に引き裂かれているようにトニーの目には映った。
自分のこの身がどうなろうと、世界を敵に回そうと、あの温かい檻を二度と開かなければ良かった。そうすれば、今もメアリーと離れることはなかったはずなのに――。
カイトの瞳には、今にも零れ落ちそうなほどの悔し涙が溜まっていた。けれど、彼はその叫び出したくなる本音を、ぐっと必死に喉の奥へと堪え込んだ。今更どんな弱音を吐いたところで、奪われた現実は何も変わらないのだと、冷酷に理解してしまったからだった。
「アリコーンは無理だったとしても……あの女の首一つなら、俺一人でも……っ!!」
カイトは未だに受け入れがたい現実に唇を血が出るほど噛み締めながら、悲痛な声を絞り出した。
「――状況を見誤るな、カイト」
ゼインの冷徹な一言が、カイトの焦燥を容赦なく一刀両断した。
ゼインの足元には、いつの間にか巨大な白いライオンのアーサーが寄り添っており、その立派でフサフサとしたたてがみを揺らしながら、まるで大きな猫のようにゼインの強靭な身体へと甘えるように擦り付けていた。
静まり返った更地に、アーサーがゴロゴロと嬉しそうに喉を鳴らしている音だけが、どこか場違いに響いている。
ゼインはアーサーに目を落とし、その白い頭を無造作に、優しく撫で回しながら淡々と推測を言葉にした。
「あの女――カルミラは、去り際にナターシャの秘めた『魔力量』が正確に分かっているような口振りをしていた。
……相手の正確な魔力量を肌で感じ取ることができるのは、自身もまた一定以上の膨大な魔力量を保持している者だけだ。
この世界広しと言えど、俺や、……メアリーの亡き兄であるアストラくらいのものだった」
アストラ。かつてメアリーとアーシュを守るために命を散らした、メアリーの兄の名前がゼインの口から出た瞬間、一同の間に張り詰めた静寂が走る。ゼインは深紅の瞳を厳かに細めて続けた。
「だが、あのカルミラという女にそれが一瞬で分かったということは……あいつは俺やアストラと同等、あるいはそれ以上の魔力と実力を秘めているということだ」
「まさか……そんなことが……っ!?」
カイトが驚愕に目を見開き、信じられないといった顔を実の兄へと向けた。
「いや……あり得ないことでもないだろう」
トニーが、腰の剣を握りしめたまま、重苦しく静かに呟いた。トニーは頭上の不気味な暗雲を睨み据えながら言葉を続ける。
「あのアリコーンというデタラメな化け物を、道具も使わずに簡単にあれほど操れる一族。
……その頂点、お頭に君臨する人間なら、ガルシアを遥かに凌駕する強い魔力を持っていても、何一つ不思議はないはずだ」
トニーのその冷静な言葉は、同時に、自分たちがこれからメアリーを奪還するために、それほどまでに絶望的で強大な『本物の怪物』と真っ向から戦わなければならないという、重く暗い事実を全員の胸へと突き刺していた――。




