新たな敵
私が作った笑顔を見て、フランはホッとしたようで愛おしそうに目を細め、私の頭を撫でようと、血に染まったその右手をすっと伸ばしてきた。
指先が、私の前髪に触れる――まさに、その一瞬だった。
ドォッ!!!
頭上から、鼓膜をぶち破るような凄まじい風切り音が響いた。
目にも留まらぬ、光すら置き去りにするような圧倒的な速度で『何か』が空から真っ逆さまに降ってきた。
「――がはっ……!?!?!」
次の瞬間、目の前にいたフランの身体が、強烈な質量とともに大地へと真っ直ぐに叩き伏せられていた。
彼の肩の根元には、いつの間にか、黒く太い凶悪な一本の槍が深く、深く突き刺さっている。
あまりの衝撃波と飛び散った激しい土煙のせいで、私のすぐ目の前にいたはずのフランの姿が一瞬にして遮られ、完全に見えなくなってしまった。
「フラン……っ!?」
私が叫んだ、その視界の特等席に、土煙を切り裂いてフランの肩に槍を突き刺した者の姿が、ぬっと不気味に映り込んできた。
その者は倒れ伏すフランの背の上に容赦なく踏み立ち、突き刺した槍の柄から決して手を離そうとしない。
そのまま、血を浴びて染まったかのような、赤い長い髪を不敵にかき上げると、冷酷な眼差しで足元のフランを見下ろした。
その右腕には、あのガルシアと全く同じ大蛇の漆黒のタトゥーが刻まれており、その眼差しは底の知れない漆黒の闇のように淀んでいた。
先ほどの爆風によって周囲の木々が綺麗に消し飛んでしまったせいで、頭上の分厚い灰色の暗雲から、逃げ場のない濁った昼下がりの光が、血に染まった更地を容赦なく照らし出している。
遮るもののない薄暗い空間に、彼らの歪んだ影が長く伸びていた。
「……女、か」
背中に凄まじい激痛を走り裂かれながらも、フランが相手の微かな気配を感じ取ったように、振り向かぬまま低く呟いた。
「そうだ。だったら何だ? 女にこんな簡単に不意を突かれて、地べたに這いつくばるなんて情けない男だな」
女――カルミラは冷たく笑いながら言い放つと、さらにフランを痛めつけるように、刺した槍の柄をわざと小刻みに揺らしながら、肉の奥深くへとねじり刺し始めた。
「うあっ……、くっ……!」
フランの苦しげな声が漏れるのと同時に、私は悲鳴のような声を張り上げていた。
「やめてっ!!」
私の叫びに、カルミラは私を文字通り突き刺すような、冷徹極まりない漆黒の瞳を向けてきた。
「なんだお前。わが部下を虫けらのように殺すなんて、なんと行儀の悪い仔犬を飼っていることか。
こんな仔犬すら満足に躾も出来んで、よくもまあ王女なんて偉そうな肩書きを名乗れたものだな。情けない」
「お、お頭っ……!!」
背後から、斬り落とされた右腕を必死に押さえながら、あのガルシアが悲痛な声を張り上げた。
「申し訳ありません!! これは……」
「黙れ」
カルミラはガルシアの弁明を一切聞こうとはせず、冷たく言葉を遮った。
「我が一族において、負けた奴には言い訳をする資格すら与えられない。
……本当に何とも情けない。我が一族の至宝であるあのアリコーンをわざわざ貸してやったというのに、蓋を開けてみれば何だ、このザマは。
大方、他国の人間だと侮って油断でもしたのだろう。ああ、情けない、情けない」
カルミラはそう吐き捨てると、倒れ伏すフランの背中から、突き刺していた槍をガッと勢いよく引き抜いた。
肉を割く嫌な音と共に、再びフランの口から苦しげな呻き声が漏れ、彼の肩から真っ赤な血がパッと虚空に噴き出た。
フランは激痛に耐えながら、自分の肩を必死に手で押さえ、泥と血で汚れた身体を苦痛に激しく顔を歪めながらも、ガバッと執念で起き上がらせた。
だが、カルミラはそれに目をやることも気にする様子もない。
彼女は片手でぐいと私の金の髪を鷲掴みにすると、そのまま上空へ向かって力任せに引っ張り上げた。
「痛っ……!」
頭皮を引きちぎられるような鋭い痛みに、思わず声が漏れて涙が滲む。
「メアリーちゃんを離せっ!!」
それを見たフランが血塗れの手を必死に伸ばそうとしたが、即座に彼の喉元へカルミラの長い槍の刃先を突きつけられ、それ以上の動きを完全に制止されてしまった。
カルミラは髪を引っ張ったまま、私のすぐ目の前までその不気味な顔を近づけてきて、愉悦に満ちた面白そうな笑みを唇に浮かべた。その漆黒の瞳が、至近距離で怪しく光る。
「……ちょうど、喉が渇いていたのだ。この退屈な渇きを潤すため、この女の瑞々しい生き血でも啜るとしよう。
……一国の王女の血だ、そこらのどんな上質な酒よりも、さぞかし美味いだろう」
その言葉がカルミラの唇から漏れた瞬間、トニーたちが剣を素早く、けれど正確に構える冷たい金属音が、四方の草むらから静かに伝わってきた。
アーサーが地を這うように静かに唸る声も聞こえてくる。
カルミラは逃げ場のない更地をぐるりと見回し、なおも不敵な笑みを深く浮かべた。
そして、私の金の髪を自分の方へと力任せに引っ張り、無理やり私の顔を上へ向かせると、周囲の仲間たちの方を強制的に見回させた。
視界が揺れるなか、ゼインの大剣、トニーの水流の白刃、そしてカイトの刃、フランも動く片手に刃を持ち、すべて私とカルミラに向けて的確に【照準】を定めているのが、嫌でも私の目に飛び込んでくる。
「おいおい。お前たち、その鋭い刃を一体どこに向けているのか、本当に分かっているのか?」
カルミラは楽しそうに、心底愉快そうに笑いながら、私の耳元へとその冷たい声を直接吹き込んできた。
「ほら見ろ、王女。
……お前の大好きな仲間たちが、一斉にお前の命を狙っているぞ?」
カルミラは私の身体を自分の前に引き寄せると、ゼインたちに向かって、最悪の挑発を投げかける。
「さあ、躊躇わずに斬りかかってこい! お前たちが放つすべての刃を、この女の身体で一つ残らず受け止めてみせよう。
……さぞかし美しく、鮮やかな赤い花が、この土の上に咲き乱れることだろうな!!」




