外の世界で生きる覚悟
カイトがゆっくりと、バサバサッと音を立ててその大きな黒い羽根を広げた。
閉じ込められていた優しく温かい暗闇が消え去り、視界が開ける。
……そこに広がっていたのは、私が頭の中で想像していた通り、いや、それ以上に凄惨な地獄絵図だった。
どす黒い血に染まりきった土と、飛び散った肉片が付着した草木。あちこちには、首と身体が無残に切り離された兵士たちの骸が転がっている。
カイトの羽根の檻が解かれると同時に、閉じ込められていた土と血の混じった濃厚な生臭さが、もわっと強烈な熱気となって私の五感を襲った。
「うっ……、げほっ……!」
あまりの凄絶な光景と、鼻腔を破壊するような死の匂いに、胃の奥から強烈な吐き気が突き上げてくる。
私は口元を押さえ、足をもつれさせながら近くの草むらへと駆け込むと、耐えきれずにその場に激しく吐き出しに行った。
ハァ、ハァ……と、荒い呼吸を繰り返すたびに、涙がボロボロと溢れて頬を伝っていく。
――気持ち悪い。 目の前に転がる首の数々が? 鼻を突く血の匂いが?
いや、違う。そんな肉体的な嫌悪感じゃない。
私が本当に心から「気持ち悪い」と恐怖しているのは
――この凄惨極まりない地獄絵図の真ん中に立ちながら、顔色一つ変えず、お互いに軽口を叩き合って何とも思っていない、私の大好きな『この人たち』の心だ。
私は荒くなった呼吸を必死に整え、口の中に残っていた残骸を地面へと勢いよく吐き出した。膝の上に乗せた拳を、自分の爪が皮膚を突き破って血が滲み出すほどに、強く、強く握りしめる。
――目的を忘れちゃだめだ。見失うな、メアリー。
この地へやってきた一番の目的は、あの『闇に染まってしまった双子の弟――アーシュを絶対に救い出すこと』。
そのためなら……アーシュにもう一度触れることができるのなら、私はどんな悪にだって手を染めてやる。どれほどの犠牲だって払う。
なんだってやってやるって、あの日に地獄を進む決意をしたじゃないか。
私はゆっくりと泥を払って立ち上がり、皆の方を振り返った。
その瞬間、フランが取り憑かれたような速度ですぐさま私へと駆け寄ってきた。
彼はさっきガルシアに傷つけられ、まだ血の乾ききっていない私の頬の傷口のすぐ近くへ、震える指先をそっと優しく這わせる。
「あああ……! 信じられない、信じたくない!
僕の、世界で一番美しいメアリーちゃんの顔に、こんな酷い傷が……血が流れているなんて……っ!」
フランの美しい金色の髪には、さっき彼が自分で跳ね飛ばした他人の返り血がべっとりと赤黒く付着しており、距離を詰められると同時に、強烈な血の匂いが再び私の鼻腔を支配した。
けれど、彼の潤んだ青い瞳と、私の視線が真っ向からぶつかる。
「どうしよう……どうしよう、メアリーちゃん。
痛いよね? すごく苦しいよね……?」
私を狂おしいほどに心配する、フランのその吸い込まれそうなほど綺麗な青い瞳。
皮肉なことに、その瞳の奥には――大好きな仲間たちの狂気に、完全に恐怖し、怯えきって強張っている私の無様な姿が、鏡のように鮮明に映り込んでいた。
私は、フランの青い瞳の中に映り込んでいる、恐怖に怯えきった自分自身に言い聞かせるように、そっと言葉を紡ぎ出した。
「フラン、ありがとう。
……このくらいの傷、本当に大丈夫よ。大したことないわ。なんともないから、心配しないで」
私は引き攣りそうになる頬の筋肉を必死に動かし、彼を安心させるための、できる限りの穏やかな笑顔を作り上げてみせた。
ふと、私を見つめるフランの背後へと視線をやると、そこにはトニーが酷く心配そうな顔をして、じっとこちらを見つめている姿が視界に入った。
――あ、そうだった……。
あの国を出発する最後の日、トニーにはどうしても目を合わせてもらえなかった。
闇に囚われてしまったアーシュを、一旦あの場所に置き去りにして、今すぐ全員で退避するよう、私が王女として彼らに非情な命令を下したからだ。
そうしなければ、あの場で私たちが完全に全滅してしまうことくらい、容易に分かっていたから私はそれを選んだ。
だが、生真面目で熱いトニーは、幼い頃からずっと共に育ってきた大切なアーシュを、何が何でもその場ですぐに助けに行きたがっていたのだ。
たとえ、その無謀な行動が自分自身の身を滅ぼすと分かっていても。
だからこそ、トニーはこの二手に別れて力を蓄えるという私の作戦には、騎士として渋々協力してくれたものの――国を出る最後の瞬間まで、私とだけは頑なに目を合わせてくれることはなかった。私を責めはしなかったが、それがすべてを物語っているようだった。
トニーのあの時の悔しそうな、拒絶するような瞳がずっと胸に刺さっている。
どうにかして、トニーときちんと本音で話がしたい。
わかってもらえなくてもいい。ちゃんと目を見て話したい。




