唯一の弱点
「アリコーンって……人間の言葉を話せるのか……?」
トニーが困惑と恐怖に顔を歪めながら、遥か頭上を見上げる。だが、ゼインが低く、芯の通ったしっかりとした声でそれに答えた。
「いや……違う。上をよく見ろ」
ゼインに言われ、森の木々よりも巨大なアリコーンの身体へ改めて目を凝らす。すると、魔物の分厚い肩の付近に、不自然な人間の人影が乗っているのが見えた。
「人間……?」
トニーが息を呑んでそう呟いた、その瞬間だった。
その人影はアリコーンの肩から器用に宙へと躍り出ると、周囲の木々を足場にしてスルスルと驚異的な身軽さでトニーたちの元へと下りてきた。
目の前に着地した男の姿に、その場にいる全員が圧倒される。
男の身体は健康的な小麦色に焼け、服の上からでもはっきりと分かる、まるで鋼を削り出したかのような筋肉隆々の肉体を誇っていた。丸太のように太い両腕には、手首から肩にかけて、大蛇が不気味に絡みついているような漆黒のタトゥーが彫り込まれている。
頭髪は左右を綺麗に刈り上げ、頭頂部の一筋だけを長く伸ばして編み込んだ長い三つ編みが、彼が身じろぎするたびに猛獣の尾のように背後で鋭く揺れていた。
手には、両端に禍々しい刃がついた特殊な大剣を平然と携えている。
男は、蛇のような冷徹な視線で、トニーたちの方を優雅に眺め回した。
ゼインを始めとする全員が、すでに剣を構えて極限の戦闘態勢に入っている。
緊迫した静寂の中、ふと、男がすべてを見下すような高らかに笑い声を上げた。そして、下卑た笑みを浮かべたまま言葉を発する。
「ははっ……! 誰かと思えば、ナターシャじゃないか!」
名前を呼ばれたナターシャはビクッと身体を強張らせ、アリアの杖を両手で引きちぎらんばかりに強く握りしめると、怯えたように視線を地面へと落としてしまった。
その様子を見た男は、いっそう面白そうに歪んだ言葉を続ける。
「我が種族の『落ちこぼれ』が、突然国からいなくなったと思えば……他国の奴らに便利に使われ、雇われていたというのは本当だったらしいな!」
ナターシャへのあまりにも理不尽な侮辱に、即座に激しい声を上げて反応したのは、メアリーだった。
「ナターシャは、杖を使い、高い能力で巨大なドラゴンをも完璧に操ることができる、私たちの誇らしい仲間です!!
――ナターシャをこれ以上侮辱することは、絶対に許しません!!」
メアリーの、王女としての凛とした、けれど激しい怒りに燃える想いが、戦場に響き渡った。
その男が、どこかへ向かって短く指を鳴らした。
――その瞬間だった。メアリーの背後にある鬱蒼とした草むらから、数人の兵士たちが一斉に音もなく飛び出してきた。彼らは抵抗する隙すら与えず、瞬時にメアリーの細い身体を背後からガチガチに拘束した。
「メアリー……っ!?」
ゼインたちが激昂し、一斉にガルシアへと鋭い刃を向ける。しかし、ガルシアは不気味な薄汚い笑みを浮かべたまま、怯えるどころか逆にゼインたちの方へとじりじりと近づき始めた。
「おっと……分かってるよな? お前らが少しでも変な真似をしてみろ。その女の可愛い顔が、一瞬で身体とお別れすることになるぜ」
ガルシアはそのまま、ゼインやトニーの目の前をゆっくりと、一人一人の顔を舐めるように見回しながら嘲笑うように歩いていく。
そして、拘束されているメアリーのすぐ横で立ち尽くしている、ナターシャの前でピタリと足を止めた。 ガルシアは冷酷な双眸を、掴まれているメアリーへと向ける。
「お前、さっき大層な口を叩いたな。こいつが『杖を使ってドラゴンを操れる素晴らしい仲間だ』と」
クックック、と喉を鳴らし、男は込み上げる笑いを堪えきれない様子で話し出した。
「俺たちの種族はなぁ、そんな『杖』なんぞの道具に頼らずとも、自らの身一つで動物を操れる一族なんだよ。
現に今、俺はこうやって道具なしであのアリコーンを完璧に操作している。
『杖を使わなければならない』ということ自体が、自らの一族としての能力が『空っぽ』だってことを証明しているのと同じなんだよ。
何も知らない他国の小娘が、偉そうにしてんじゃねえよ」
ガルシアはそう吐き捨てると、爪を立ててメアリーの顎を乱暴に鷲掴みにした。
「ガルシア、やめて!! メアリーさんに乱暴しないで……っ!!」
それまで俯いていたナターシャが、叫びながら必死にガルシアの手を振り払おうと小さな手を伸ばした。
しかし、ガルシアは視線をメアリーに向けたまま、鬱陶しそうにナターシャの腹を真横から強烈に蹴り飛ばした。
「きゃあっ……!」
ナターシャの華奢な身体はあっけなく宙を舞い、少し離れた草むらの中へと容赦なく叩き落とされた。バリバリと細かい木々の折れる悲痛な音が響き、千切れた葉が辺りに寂しく舞い散る。
「うるせえな。落ちこぼれの分際で、この俺に指図するんじゃねえよ」
その瞬間、自分の翼を折られてボロボロのはずのカイトが、驚異的な反応速度でナターシャの落ちた草むらへと真っ先に駆け寄った。
「ナターシャ! 大丈夫か!? おい、立てるか!?」
「う、うん……。ごめんなさい……」
カイトは鋭い視線でガルシアを睨みつけながらも、ナターシャが上体を起こすのを、その大きな手でそっと、とても優しく手伝ってあげていた。
ガルシアは勝ち誇った歪んだ笑みを崩さぬまま、淡々と話し出す。
「俺はさっきお前たちに『決定的な弱点がある』って言っただろう?
それが、この大人しく捕まっている無力な女だ。
……どんなに強大な力を持つ戦士だろうと、こうして弱点を完璧に握られれば赤ん坊と同じ。手も足も出せん。お前らのためにも、いっそ今ここでこの女の命を……」
ガルシアは掴んでいるメアリーの顔にぐいとさらに爪を立たせ、傷口から赤い血が滲むのを愉しむように不気味に笑った。




