いざこざと本戦と
トニーとフランが殺意をみなぎらせて身構える中、そんな二人を見ても大して気に留める様子のないナターシャが、冷淡に口を開いた。
「あ、それとカイトさん。アーサーさんが言ってましたよ。『話そうとしてるのに、カイトが全然こちらの言うことを聞こうとせず全力で逃げ回るから、浄化できる可能性のあるこの国(魔法製薬の国)に、行くよう仕向けた』って」
ピキリ、と空気が凍りついた。 トニーとフラン、そしてアーサーの視線が一気にカイトへと向けられる。
カイトはまさに今、みんなの背後から静かにフェードアウトして逃げ出そうと構えていたところだった。
全員の冷ややかな目線に捕まり、カイトの動きがピタッと人形のように止まる。
「い、いやぁ~……! 俺もさぁ、動物の言葉が分かればなぁ~。それならこんな悲しい誤解をせずに済んだのになぁ~、あはは……」
明らかに声が上ずり、激しく動揺していた。しかしどこか「じゃあ俺悪くないし、仕方のないことだったな!」という図々しい雰囲気が若干漂っている。
すると、そのカイトの肩にぽんと大きな手を置きながら、ゼインが楽しそうに微笑んだ。
「ハッハッハ……! 何をそんなに謙遜しておるのだ、カイト。お前、この前、大見得を切ってこう言っていたではないか。『自分には鳥人の血が流れている。だから動物の声そのものは分からなくとも、相手が何を考えているか、その気持ちだけは手に取るように分かる』とな」
「あ、あっ……兄上っ!? それ、今はぜんっぜんフォローになってないんですよっ!! むしろ完全に逆効果、俺への死刑宣告ですからねっっ!?」
「――カイトぉおおお〜〜〜!!!」
怒り狂ったフランが剣を握り直した。だが、ふと何か重大なことに思い至ったように、彼は急いでカイトへの攻撃を中断し、地面に座り込んでいるメアリーの側へと駆け寄った。
そして巨体を小さくしているアーサーを「シッ、シッ!」と無理やり遠ざけると、その間に己の身体を強引に割り込ませる。
「メアリーちゃん、本当に大丈夫だった!? ずっとこんな残虐非道なゼインと不本意な旅をさせられてたんだよね!? 何か変なことされなかった!? 嫌なことされてない!?」
フランはトニーを置き去りにして、甘ったるい優しい声に変えると、自分の持って生まれた美しい顔面を全面的にこれでもかと輝かせながら、心配そうにメアリーの顔を覗き込んだ。
「え? う、うん……。私は大丈夫だよ……?」
「フッ、大丈夫に決まっておろう」
戦場から少し離れた安全な場所から、ゼインが神のように優美で邪悪な微笑みを見せた。
「俺は王女に対し、指一本不届きな真似などしておらん。……毎夜毎夜、同じ古い家の中で、一緒に身体を並べて寝ただけだ」
「――それを言ってんだよ、このエロ国王がぁあああ!!! マジでどいつもこいつもみんなまとめて今すぐ処刑してやるっ!!! 全員そこに一列に並びやがれっっ!!!」
フランの、理性を完全に失った凄まじい怒号が、暗転した森の中に木霊した。
「では処刑は、これが終わってからにしてもらおう」
ゼインが刃渡りの長い大剣を滑らかに引き抜き、上空のアリコーンを鋭く見上げた。
そして、その戦闘態勢を崩さないまま、背後にいるナターシャへと低く、通りやすい声で問いかける。
トニーとフランもゼインの動きに合わせるように、慌てて殺意の矛先を頭上へと切り替えた。空は灰色の分厚い雲に覆われたまま、魔物は先ほどと全く同じ不気味な位置に静かに浮かんでいる。
「ナターシャ、あいつを操ることは出来るのか?」
ナターシャは何も言わず、譲り受けたばかりの新しい魔導杖をそっと天高くへと掲げた。
すると、杖の中央にはめ込まれた巨大な輝石が、呼応するように淡く神聖な光を灯す。
しかし、しばらくしてナターシャは杖を地面へと戻し、心細そうに力なく首を振った。
「あれは、操れない……。姿が魔物に変えられているからじゃない。だって、あいつは……」
ナターシャがその理由を口にしようとした、まさにその瞬間だった。
森に残されていた全ての木々を一瞬でへし折り、吹き飛ばすかのような、凄まじい大突風が彼らを襲った。強烈な風圧に足元を奪われ、トニーたちは近くの幹に必死にしがみついたり、お互いの身体を支え合ったりして耐えることしかできない。
やがて暴風が弱まり、砂埃のなかでうっすらと目を開けたとき――彼らは己の目を疑った。
目の前に、アリコーンのあの細長く異常に伸びきった、不気味な灰色の大脚がそびえ立つようにして音もなく着地していたのだ。
『――お前らには、決定的な弱点がある』
見上げる遥か上方から、今まで誰も聞いたことがない、地獄の底から響くような低い声が降ってきた。




