アリコーンをぶっ倒せ
「ああ……それはいいが……」
トニーは木の下で、未だに獰猛な唸り声を上げ続けている白き獣へと苦々しく目を落とした。
「どうするよ、こっちは。魔物って言われるぐらいだから、その『アリコーン』ってのは相当強いんだろ? そんな化け物と戦う前に、まず足元のこいつをどうにかしねえと、まともに戦いに集中出来ねえだろ」
フランも同じように、哀れみを込めた目でアーサーを見下ろす。
アーサーは木に必死に飛びかかっては、またズルズルとずり落ちるという虚しい動作を、飽きることなくひたすらに繰り返していた。
「そうですよね……。どうしたらいいのか……。
でも、僕はできることならアリコーンとは戦いたくないな。ユニコーンもペガサスも、真っ白で、キラキラ輝いていて、すごく美しい生き物だから、アリコーンはさらに美しいと思うんですよね……」
そんな二人の葛藤を余計なものと切り捨てるように、カイトがケロッとした軽い声を上げた。
「じゃあ、先にこっちの白猫を殺っちまうか」
「はあっ!?」
トニーとフランの声が、一斉に、激しく重なった。
「トニーさん!! やっぱりこいつと手を組むなんて無理ですよっ!! あの冷徹残酷非道なゼインの弟なだけあって、やっぱり考えることがそっくりです!! すぐ力ずくで殺そうとする!!」
フランは恐怖と怒りのあまり、隣にいるトニーの腕をガシッと掴んで激しく揺さぶった。
「カイト、お前なぁっ!! あんな風に野生化しちまってても、一応あいつは今は国王代わりだぞっ!!
そんな奴を殺したりしてみろ、国中でどんな大暴動が起きるか……お前の国だってタダじゃ済まねえぞ……!!
それに、あいつはメアリーが大切に思っている仲間なんだぞ!!」
しかし、カイトは全く動じる様子もなく、二人の必死の熱弁をひらひらと片手で受け流す。
「え〜? ダメなのぉ~? こんな発情期みたいに狂ってる白猫、俺の剣なら一刺しで楽に殺れそうだけどな〜。じゃあ、どうす…………」
――その時だった。
カイトの言葉が、不自然にピタリと途切れた。
彼の薄赤の瞳の中の瞳孔が、まるで肉食鳥が獲物を見つけたときのように、グンッ!と一瞬で大きく見開かれる。
「来る……」
カイトが低く、ぼそりと呟き、天高くを見上げた。
その視線を追うようにして空を見上げると、さっきまで吸い込まれそうなほど青く晴れ渡っていたはずの空が、いつの間にか不気味な灰色の雲に分厚く覆われ、急速に暗転していく。
トニーは急激に冷え込んできた周囲の空気に肌を震わせながら、同じように頭上を仰ぎ見た。
「何が来るんだ……? 何も見えないぞ?」
すると、フランが息を呑み、声を極限まで潜めてトニーへと囁きかけた。
「トニーさん、カイトには『鳥人』の血が入っているんです。僕たちにはまだ聞こえない遥か遠くの音や、届かない匂いだって、あいつにはもう分かっているんですよ……」
上空の灰色の分厚い不気味な雲が音もなく割れていき、神聖な太陽の光がまっすぐに差し込んできた。
それは息を呑むほどにあまりに美しく、本当に天使が舞い降りてくるのではないかと、トニーは本気で口に出しそうになった。
だが、そんなことを言えば隣のフランやカイトに死ぬほど馬鹿にされるのが目に見えて分かっていたので、必死に言葉を喉の奥へと呑み込んだ。
隣のフランは、自分の頭の中で完璧なアリコーンの姿を想像しているらしい。
これから恐ろしい魔物と戦うという緊迫した状況だというのに、彼はまるで夢でも見ているかのように目を輝かせ、うっとりとした表情を浮かべながら、上空から差し込む光の柱を食い入るように見つめていた。
だが、そんなロマンチックな空気とは裏腹に、カイトの全身からは凄まじい殺気が放たれていた。
カイトはバサバサッ!と音を立てて背中の大きな黒い羽根をいっぱいに広げると、その薄赤の瞳孔をさらに限界まで大きく見開く。
肉食鳥が獲物を絶対に逃がさないと決めたときの鋭い眼差しで上空を凝視しながら、彼はすでに腰の細長い剣を抜き放ち、いつでも飛び出せる姿勢で構えていた。
そのカイトの、冗談が一切通用しない本気の気迫を間近で見て、トニーとフランもようやく我に返った。 美しい幻獣に見とれている場合ではないのだと冷や汗を流し、二人は慌てて自分の腰の剣を掴むと、勢いよく引き抜き始めた。
さらに太陽の光が激しく、大きく差し込んだその瞬間、暗雲の隙間にその姿が完全にとらえられた。
それを見た三人は、驚きのあまり息を呑む――
ことどころか、次の息を吸うことすら完全に忘れてしまっていた。




