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見合い結婚とはかくありき 〜子爵令嬢は、偽りの肖像画に真実の愛を見出す〜  作者: 阪 美黎


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見合い結婚とはかくありき(2)『文通』

 先進的なセーラー服を制服として取り入れた女学校に御白姉妹は在籍しており、あやめは来年卒業する。

 同級生の令嬢たちの半数はすでに許嫁や婚約者がいて、嫁ぎ先が決まっていた。

 あやめは女学校入学以来の親友、廣瀬(ひろせ)茉莉子(まりこ)と昼休みに教室の窓辺で語らう。

「私この度、婚約の運びとなりましたわ」

 茉莉子の報告にあやめは瞬きを繰り返し、姿勢を正すと「おめでとうございます」と丁寧に頭をさげた。

「ありがとうございます」

 彼女も同じように礼をして、姿勢を戻すとふたりして小さく笑う。

「茉莉子さんもいよいよ()()()()ですのね。お相手はこの間、お見合いをなさった方?」

「ええ、お父様がとくに気に入って。私も悪い印象はございませんでしたし……」

 茉莉子の父は実業家であり、貴族院の議員も兼ねている。見合い相手は同じ貴族院の家柄の子息だと聞いている。

「私よりもあやめさんの方が早く嫁ぎ先が決まるものと思っておりましたわ。我が校の『アイリスの君』ですものね?」

 茉莉子は微笑みながらそっと揶揄すると、あやめは「やめてちょうだい」と微苦笑する。

 あやめは名前のごとくすっとした立ち姿と、しっとりした美しさを持つ少女で、長くまっすぐな黒髪を菖蒲色のリボンで飾っていることから、下級生たちから『アイリスの君』と呼ばれ、親しまれていた。

 当人はその美しさや人気を鼻にかけることもなく、物静かで誰に対しても柔らかく接する姿勢に憧憬を向けるのは同性ばかりではない。

 社交の場に出れば、目ざとい男性が彼女に挨拶をしようと近づく。けれどその度に一つ年下の妹、撫子が横槍をいれて男性を奪うようにして彼女から遠ざける。そのため、図らずもあやめは高嶺の花となっている。当人は壁の花を自認しているようだが……。

「妹の撫子さんがいなければ、社交場ではあなたの取り合いがはじまってしまうのでしょうね」

 皮肉にも、撫子の存在が彼女をよからぬ虫から守る盾と化しているにせよ。

 しっとりとしたあやめとは異なり、撫子は軽く波打つ髪と華やかな顔立ちで、社交場では目立つ少女だ。反面、同性からは反感を買いやすく、友人の恋仲の青年にも思わせぶりな言動をとることでも有名だった。

「あの子は自分が誰よりもお姫様でいなければ気が済まないの。昔から家族の……とくに私の持ち物を欲しがる子だったわ。お洋服もお人形も、なんでも。だからあの子が結婚するまで、私は縁談なんて無縁かと思っていたのだけれど……」

 そこで言い淀んだあやめに、茉莉子は軽く首を傾げた。

「あら?まるであやめさんに縁談が舞い込んだような口ぶりですわね」

 あやめは小さく笑って答えを濁したが、それだけで茉莉子には通じた。

 茉莉子はぱっと笑みを浮かべる。

「……まぁ!もしかして、そうなんですの?!……あ、でも、撫子さんは大丈夫なのかしら?」

「あの子が、私に勧めてきたの。だから、決めたのよ」

 結婚をするのならば、撫子が拒絶する男性のもとに嫁ぐと決めていた。思っていたよりもずっと早く、その機会が巡ってきたことになる。

 わがままな妹の言動に振り回されるあやめの、諦めに似た悟りに茉莉子は眉を寄せた。

「……不憫な性分ね、あなたって」

「そうでもないわ。それに、まだ婚約が内定しているわけでもなくて……」

 最終的に婚姻に至るかどうか、その裁断を行うのは皇家である。

「内定?大仰ね。……もしかして、やんごとない家柄の方ですの?」

「鋭いですわね。……実は……」

 あやめは茉莉子の耳元に近づき、相手の立場を囁く。すると、茉莉子は軽く身を引いて口元を抑える。

「ま、まあ……!」

 何度も瞬きを繰り返して驚く茉莉子に、あやめは唇にひとつ指を立てる。

「このことは、秘密にしてくださいませね」

「ええ!ええ、もちろん。……そのお方について詳しくは存じませんけれど、しとやかで気立ての良いあやめさんのことを絶対にお気に召しましてよ。そうでなくては嘘ですわ」

 なんといっても、当校きっての才媛、アイリスの君。

「私を高く見積りすぎですわね、茉莉子さんったら」

 あやめは取り合わない口ぶりで微笑んだ。



 女学校から帰宅すると、あやめの部屋の机に一通の手紙が置かれていた。

 質の良い封筒には流れるような文字で御白家の住所と彼女の名前が書かれている。差し出し人を確認すると、暁宮と記されていた。

 あやめははっと顔をあげ、彼女の部屋に飾られている青年の肖像画と手紙をとを交互に見やった。

「……暁宮さまがお手紙を……?」

 あやめは驚きながらも一旦手紙を机に戻し、着替えてから改めて椅子に腰かけて、封を切る。

 丁寧に折り畳まれた手紙を取り出して開くと、ふわりと香りが舞う。

 白檀に紛れて仄かに梅の香りが広がった。

「良い香り……」

 花が咲くような心地の良い香りにあやめは小さく息を漏らした。

 次に、張りのよい便箋に乗る濃紺のインクの文字に目を見張る。

「……なんて美しい文字なのかしら……」

 あやめは感動しながら、背筋を伸ばす。

 皇家の皇子が子爵家の娘に送る手紙としては、破格の心遣いである。

「気遣いに長けてらっしゃる方なのね」

 手紙の内容は季節の挨拶から、彼女が縁談を受けたことへの礼、そしてこれから手紙でやり取りをしたいという旨が記されていた。

 手紙の最後には自作の短歌が添えられており、あやめは頬に手を当てた。

「素敵なお手紙。品位に満ちていて、それでいて気取ってもいらっしゃらない親みがある言葉遣い……」

 たった一通で皇子の品性と教養の高さを感じ取れる。

 あやめはその見事さに息を漏らし、そして同時に彼への興味が芽生えた。

 今も荘園暮らしだという彼は、帝都暮らしのあやめとの距離を手紙によって埋めようと歩み寄ってくれている。差し伸ばされた手に感謝したい気持ちになった。

「……とはいえ、こちらの品性を試されてもいるのだわ。これは、迂闊なお返事はできないわね」

 異性との文通など初めてで、落ち着かない気持ちになる。まして何段も格上の相手。

 そわそわしながら机の引き出しを開けて、便箋や封筒を漁るのだが、女学生相手の絵封筒ばかりで肩を落とす。

 吟味するまでもない。どれも皇子への返信に相応しく無い少女趣味。

「これでは駄目よ。……明日女学校で茉莉子さんにも相談して、百貨店で便箋や封筒を選びましょう。……それに、文箱も」

 あやめは広げられた手紙に目を向ける。

 香りを長くとどめられるように、新しい文箱を用意しようと決めたのだった。



 こうしてはじまった文通は、あやめの日常を変えた。

 皇子の手紙もまた届くたびに趣向が異なり、舶来の洋紙が用いられて英詩が綴られていることもあったり、読んだ本のことや、帝都から遊びに来た兄たちのこと、家庭教師とのやりとり、荘園での出来事など次第に他所行きでは無い、日常の顔が見え隠れし始めしながらも、品格のある言葉選びは揺るがない。

 あやめもまた、返信に合わせて便箋や封筒を新たに選び、お気に入りの菫色のインクで女学校での季節の行事や、友人に招かれたお茶会や譲り受けた詩集について、家族で出かけたレストランでのことなど内容が豊かになっていった。

 手紙を送り出した後でつまらないことを記してしまったのでは……と不安になることも度々あったが、彼は好意的に捉えてくれているようで、皇子の懐の深さに安堵するのだ。

 文箱を開くたびに漂う白檀と仄かな梅の香りの中で、彼はどんな人なのだろうかと意識を揺蕩(たゆた)わせることが自然と増えていった。荒い筆致の肖像画の奥にいる皇子の姿を想像することも。

 手紙で誕生日が近いことを知り、彼女は皇子のイニシャルと菖蒲柄の刺繍を刺したハンカチを用意し、贈る。

 ……幾重にも手紙を重ねるうちに、いつの間にか彼の見た目のことなど彼女には瑣末なこととなっていた。


「あやめ、暁宮殿下との文通は続いているようだね」

 夕食時、父に話しかけられて、彼女は食事の手を止めて返事をする。

「はい、お父様。殿下のご教養の高さに、学ぶことばかりでございます」

 縁談はまだ決定したわけでは無いが、当人たちの感触が悪く無いのは僥倖だと父は笑を浮かべる。

 どことなく、あやめの表情も以前より明るくなったように感じていた。

「それはよいことだ。殿下にけして失礼のないように」

「はい」

 恭しく返事を返す姉に、隣の席の撫子はせせら笑う。

「お姉様ったら単純ですわね。お手紙なんていくらでも代筆が可能ではございませんか。田舎の荘園暮らしで、あの醜いお顔の殿下に、優れた教養が本当におありなのかしら?」

「……。撫子、不敬でしょう。口を慎みなさいませ」

 あやめが静かに嗜めると撫子はむっと口を膨らませる。

「この私に注意するなんて、お姉様はもう皇子妃にでもなったおつもり?……ふん、虎の威を借るとはまさにこのことですわね。偉そうに」

 撫子は食事を終えると面白くなさそうに席を立ち、食堂から出ていく。

 撫子の振る舞いに対して、両親は嘆息した。

「あれはいつになったら大人になるのやら」

「撫子も嫁げば落ち着きますわ。あの子がなんと言おうと、早々に婚約者を決めてしまった方がよいかもしれませんわね……」

 両親共に撫子の扱いに窮しているのである。

「……ふむ。……ああ、そうだった」

 父はあやめに顔を向ける。

「今上陛下のいとこの君、朝霧宮邸で行われる夜会への招待状が届いてね。一家での参加の意向をお伝えしてある。先様に失礼のないように装いを決めるように」

「……はい、お父様」

 返事をしたものの、あまり乗り気にはなれなかった。

 着飾ったところで、その夜会に皇子が訪れるわけもないのだから。


第2話を続けてご覧いただき、ありがとうございます。

2話目は少し長め。

洋風よりも和風はぐっと湿度を高めた文章を意識しております(意識してなくても、自然とそうなっちゃうんですけどね)。それもあって、読者様の対象年齢も高めで想定している感じです。


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