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3-4手下か騎士か

 無事に城を抜け出したリリアナは、帽子のツバを下に引っ張りつつ歩く。


 初めはまばらだった人影が徐々に増えてくる。

 やがて、いい香りがする屋台や、新鮮な果物などが並ぶ市場が見えてくる。

 魔力の国らしく、魔導具の店などもあった。



 ここまで来れば目立つこともないだろうと、リリアナはほっと胸をなでおろす。



 王家の隠し書庫は、鍵がなくて入れなかった。それに、町に"行ってみたい場所"があった。



 それは、侍女たちから聞いた"ミュージックバー『月の裏庭』"。

 彼女たちに言わせれぱ、『ろくでもない連中が集まる、ろくでもない場所』らしいが、そこが手がかりになると踏んでいた。


(噂では、この辺りと聞いたのだけれど……)



 きょろきょろしていると、車輪を軋ませ、荷車がやってやってきた。


 避けようと路地裏に身を寄せると、町の活気がとたんに冷え、安っぽい酒の香りが風に乗ってきた。


 はっと見ると、男たちが酒瓶を手に数人たむろしていた。


 本能的に危険だと感じ、立ち去ろうとしたが、一人に手を取られた。

 男はにやにやと笑みを浮かべている。



「迷子かい? 俺が案内してやるよ。こっちの“いい場所”にな」


 距離が一気に詰まり、リリアナは思わず身体を引いた。


「……結構です」


「遠慮すんなって。顔は汚れてても、上玉だ。声も細くて可愛いじゃねえか」


 ほかの男達の笑い声が響く。彼らの下品な視線が絡みつくようで、リリアナはつうっと背中に嫌なものが走る。


「いや……」


 振り払おうにも、手首はがっちり掴まれていた。男は、何かに気づいたようにじっとリリアナを見た。


「んん? 嬢ちゃん、どっかで見た顔だな……」



 その一言に心臓が跳ね上がる。


「……っ! 離して……!」


 男の指がさらに強く食い込んだ、その瞬間――


「その手を離せ」


 冷たい声がリリアナの背後から聞こえた。


 男が一瞬止まる。

 振り返ると男が立っていた。



 栗色の髪、整った横顔。腰に帯びた剣。



「―一ユリウス」


 リリアナの声に、酔っぱらいは舌打ちした。



「なんだよ、騎士様か? 俺はただ、ちょっと話してただけ――」 


 言葉が最後まで続かなかった。

 ユリウスは一歩踏み出し、鋭い刃のように男を射抜く。普段の陽だまりのようなユリウスの面影は、一切なかった。



「ちっ……面倒くせぇ」


 男は手を離すと、仲間を引き連れて去って行った。




「リリアナ様、ご無事ですか?」



「…………」


 顔を上げられない。

 このまま連れ帰られたら――

 そうなったら、リリアナは一生城の外を見ることは出来ないだろう。



(それよりも、オスカー様にこのことが知れたら……?) 


 もっと酷いことをされるのではと、肩がにわかに震え出す。

 彼を信じると決めたのに、身体に刻みつけられた恐怖をそう簡単に忘れることができなかった。



「リリアナ様?」


「やっ……!」


 ユリウスの手を振り払うのと同時に、帽子が舞い落ちる。


「来ないで……お願い……」


 両手で自分の身体を抱き、下がろうとするも足が動かない。


 リリアナの怯えきった目を見ると、ユリウスは地に落ちた帽子を拾い、パタパタと汚れを払う。


「僕は、リリアナ様の味方です。どうか落ち着いてください」


 リリアナは、疑うようにユリウスを見る。

 彼からは、先程男たちを追い払ったときの冷たさは消えていた。



「……本当に?」


「はい」


「私を……連れ戻しにきたのでしょう?」


 ユリウスは首を静かに振り、拾った帽子をリリアナにふわっと被せる。


「言ったでしょう、味方だと。

オスカー様と何があったのか、聞かせてもらえませんか?」


 リリアナはぽつりぽつりと話しだした。

 全てを話し終えると、ユリウスは安心させるように笑顔を見せ「怖かったでしょう」と言ってくれた。



 その一言があたたかくて、二週間張りつめていたものが雪解けのようにほどけていく。



 涙がこぼれそうになるのをこらえながら、リリアナは『怖かった……』と言う代わりに小さくうなずいた。



 初めて城の外で、自分の息ができた気がした――その瞬間、ユリウスの腕が反射的に伸び、リリアナの肩と背を包むように抱きとめる。



 剣帯越しの固い感触と、その奥にある温もりが伝わってきた。


「ユリウス……?」


 彼はすぐに我に返ったように、わずかに息を呑む。

 けれどその手は離れず、リリアナの震えが伝わるたびに、指先がかすかに強張った。



「涙を、我慢なさらないでください」


 彼の胸元から漂う清潔な匂いに、リリアナは一瞬だけ現実を忘れそうになる。

 ユリウスの手は驚くほどやさしかった。まるで壊れ物を扱うように、そっと支えてくれている。


「ありがとう……だけど、もう泣かないと決めたの」


 リリアナが身を離すと、ユリウスは言葉を失ったように動きを止めた。

 やがて、溢れそうな感情を抑え込むように、ぎゅっと拳を握りしめる。



「わかりました……。ではせめて、そのミュージックバーに、僕も一緒に行かせてください」


 リリアナは一瞬だけ迷い、それから小さくうなずいた。



「……お願いします」


 その答えに、ユリウスはほっとしたように静かに微笑む。

 彼はリリアナの隣に並び、歩調を合わせた。

 路地の先には、まだ見えない闇が口を開けている。



 二人は、噂のバー"月の裏庭"へと歩き出した――




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