130 マルシアの酒場の最後の客になってみた
俺はタファールの町に着いた。時間は夕暮れ時だ。
タファールの町は俺が想像したよりも大きな町だった。
「ラザック隊長。タファールって大きな町なんですね」
「ええ、この町はハルファ王国の第二の都と呼ばれている町ですから」
俺の問いかけに隣りで赤馬に乗っていたラザック隊長が答えてくれる。
ハルファ王国の第二の都か。
それならルイーフ王子が宿に入った後に夜でも何か楽しめそうだな。
タファールの町の中央付近に来るとルイーフ王子の一行が歩みを止めた。
そこには大きな宿屋が建っている。どうやら今夜はここにルイーフ王子は宿泊するらしい。
ルイーフ王子は輿を降りて宿に入る前に俺に声をかけてきた。
「ハリー殿。ここまでお疲れ様でした。今夜はもう私はこの宿から外には出ませんからハリー殿もご自分の部屋に荷物を置いて明日の出発まで自由にしてくださっていいですよ」
「はい。ありがとうございます。ルイーフ王子様」
ルイーフ王子って王子様なのに威張った態度を取らない人だよね。
まあ、俺がジルヴァニカ帝国の皇帝だってことは知らなくてもハルファ王国とジルヴァニカ帝国が友好国になる為の重要な人物として俺を扱っているだけかもしれないけど。
オスカス国王に説明する時に俺はジルヴァニカ帝国の密使だと伝えたのでルイーフ王子もそのことを信じているだろう。
ジルヴァニカ帝国の皇帝の密使である俺を粗末に扱えないことはルイーフ王子も心得ているはずだ。なので俺に気を使っている可能性はある。
ルイーフ王子が無事に宿に入ったのを確認した俺は同じ宿の自分に与えられた部屋に荷物を置く。
そして必要最低限の物だけを持って宿を出ようとした時にラザック隊長に会った。
「ハリー殿。これからタファールの町を散策するのですか?」
「はい。タファールの町を見てこようと思うんですけど、やはり護衛してた方がいいですか?」
自由にしていいとルイーフ王子には言われたけど護衛の仕事を請け負っているのは事実だからラザック隊長に確認してみる。
「いえ、護衛は私たち警備兵だけで十分です。ルイーフ王子様ももう宿から動きませんから」
「ではこれから出かけても大丈夫ですか?」
「はい。タファールの町を楽しみたいならこの町の東側の方に『踊り子の天国』という大きな酒場があるのでそこに行かれたらいいですよ」
「踊り子の天国ですか?」
「ええ。踊り子たちのショーが見れる酒場です。その辺りにはその酒場以外でも踊り子たちのショーを楽しめる小さな酒場もありますし好きなお店でショーを見ながらお酒を飲むのは楽しいですよ」
へえ、踊り子たちのショーが見れるのか。
それならそこへ行ってみよう。
「分かりました。じゃあ、そこに行ってみることにします」
「しかしその辺りは少々治安も悪いので注意は必要です。まあ、ハリー殿なら大丈夫だと思いますが」
「そうなんですね。気を付けます」
俺は宿を出発して町の東側に向かう。
外は既に暗くなっていたが建物の明かりが道を照らしてくれているので歩くのに不自由はない。
しばらく歩くと一際派手に輝いている大きな建物が見えてきた。
看板を見ると「踊り子の天国」と書いてある。
ここがラザック隊長の言ってた酒場か。
よし、ここに入ってみよう。
そう思った俺の耳に女の声が聞こえた。
「あ~あ、あの子も「踊り子の天国」に引き抜かれちゃったわね。今夜はお客は来ないかなあ」
俺が声のした方を見ると20代前半ぐらいの若い女がいる。
黒い長い髪に緑の瞳が印象的なスラリとした美人だ。
女は大きな溜息を吐いたが俺と目が合うと慌てたようにニコリと笑みを向けてきた。
「素敵なお兄さん。酒場を探しているなら私の酒場に来ない? お兄さんは素敵だから特別なおもてなし付きにするわよ」
「お姉さんの酒場って「踊り子の天国」ですか?」
「いいえ、私の酒場はこっち」
その女が指差した所には小さな酒場がある。
う~ん、俺は踊り子のショーを見たいしな。
このお姉さんの所でも踊り子のショーが見れるのかな。
「あの、お姉さんの酒場でも踊り子のショーが見れるんですか?」
「見れるわよ。私も踊り子だもの」
「え? お姉さんは踊り子なんですか?」
「ええ、そうよ。私の名前はマルシア。後で騙されたと言われても嫌だから白状しちゃうけど私の酒場は今は私しか踊り子はいないの。以前は他にも踊り子がいたんだけどみんな「踊り子の天国」に引き抜かれちゃって」
「そうなんですか」
「この酒場は親から引き継いだ酒場なんだけどうちで働く踊り子が私だけになっちゃったから今夜で店を閉めてハルシンで新しいお店を開く予定なの。だからお兄さんが最後のお客になってくれたら特別なおもてなししちゃうわよ」
う~ん、大きなお店でショーを見たかったけど今夜でマルシアの酒場が終わっちゃうなら最後のお客になってあげようかな。




